マネー、著作権、愛

創作、学習、書評など

「文化の盗用」が大流行!! 未来の議論を過去から予習する(1)

文化の盗用!

「文化の盗用(cultural appropriation)」という言葉が

大流行している。

 

コムデギャルソンのファッションショーで、

白人モデルにエジプトの王子をイメージした格好をさせたところ、

「カツラの編み方が黒人の文化を盗用している!」

と批判を浴びた。

 

コムデギャルソンは

「不快な思いをさせたことに深く心から謝罪する」

とすぐに謝った。

 

●コムデギャルソン、ショーのかつらに「文化の盗用」と批判噴出

https://www.bbc.com/japanese/51171801

 

 

クリスチャン・ディオールの香水のCMで

ネイティブ・アメリカンの伝統的な踊りを見せたところ、

これにも「文化の盗用だ!」と批判が殺到した。

ネイティブ・アメリカンコンサルタントを起用して

制作したにもかかわらずだ。

 

ディオールはCMを削除した。

 

商品名「ソヴァージュ」に「野蛮な」という

マイナスな意味が含まれていて、

「俺たちが野蛮だと言いたいのか!!」

という反感を買った面もあるようだ。

(こうなると、もう「文化の盗用」は関係ない)

 

ジョニー・デップ主演の香水CMに批判殺到 ディオールSNSから削除

https://www.cinemacafe.net/article/2019/09/02/63290.html

 

 

キム・カーダシアンが

補正下着の新ブランド「KIMONO(キモノ)」を立ち上げたときも

「文化の盗用だ!」と反対の声が巻き起こり、

取り下げざるをえなくなっている。

 

●キム・カーダシアンが立ち上げた下着ブランド「キモノ」が"文化の盗用"と物議、商標出願に懸念も

https://www.fashionsnap.com/article/2019-06-26/kim-kimono/

 

この騒ぎついては、以前の記事でも書いた通りだ。

 

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「文化の盗用」が大はやりだ。

ネット上でこの言葉が盛り上がれば、

企業の側はほとんど自動的に取り下げ、謝る。

そんなことが日常茶飯事になっている。

 

あのディズニーさえもが怖がっているらしく、

アナと雪の女王2」について北欧の少数民族サーミ人

“協力関係”を結んだという報道もある。

 

要するに

「衣装デザインや習俗についてのコンサルタント料を支払います。

 だから「文化を盗まれた!」とか騒ぐのはやめてね」

ということだろう。

 

●“アナ雪2”制作でディズニーと少数民族が正式な協力関係

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20191225/k10012227821000.html

(※記事削除?)

 

 

「文化の盗用」。

この言葉を前面に出せば、ディズニーもひれ伏す。

もはや最強ワードの1つだ。

 

線引きはどこに?

でも、文化の盗用にあたるものと、

そうでないものの区別をつけるのは難しい。

 

ハリウッドでは、長らく日本文化が利用されてきた。

サムライ、カラテ、ニンジャ、ゲイシャ・・・

たくさんの映画が製作された。

ニンジャタートルズ」は文化の盗用なのだろうか?

 

日本では12月25日にクリスマスを祝う。

これはキリスト教文化を盗用しているのだろうか?

でも、そもそもクリスマスのお祭りは、

別の宗教の行事だったのをキリスト教徒が取り入れたのが始まりらしい。

誰が誰の文化を盗用しているのだろうか?

 

中国でオーストリアの町をそのまま再現した町が建設された。

観光客でにぎわっているという。

 

●中国でオーストリアの街並みそっくり再現、「本家」では賛否両論

https://jp.reuters.com/article/tk0819964-china-austria-fake-idJPTYE85305G20120604

 

京都の街並みを再現するビッグプロジェクトも進行中だ。

 

●「国家最大級」の京都再現プロジェクト、中国で進行中。度肝を抜かれる全貌とは?

https://www.huffingtonpost.jp/entry/jingdufengqingjie_jp_5d2d1e2fe4b0a873f6406a45

 

ある意味、最大規模の「文化の盗用」だが、

「KIMONO」ブランドに文句を言った京都市長が、

この計画に反対を表明したという話は聞こえてこない。

「KIMONO」はダメだけど、町そのものをコピーするのはOKなのか??

 

考えれば考えるほど、分からない。

 

こんな状態では企業も判断のしようがない。

ディズニーのように、お金を配ってまわれるだけの体力のある企業だけが

過去の文化を活用する資格があるということか?

 

伝統文化にインスピレーションを受けて創作する芸術家は、

どうすれば良いのか?

「文化の盗用だ!」と言われた時点で「負け」が決定するのか?

 

この問題に答えはあるのだろうか・・・?

 

過去をみよう

実はこれ、最近わきあがった新しい問題のように見えるが、

全然そんなことはない。

 

数十年前から国際政治の場で激しい議論が続けられ、

ほぼ全ての論点が出し尽くされた話なのだ。

 

最近になって議論の舞台が、

政治からネットへと移ったにすぎない。

 

「文化の盗用」という目新しい言葉にネット上のみんなが慣れ、

議論が成熟するにしたがって、

数十年前と同じ話の流れになっていくと思われる。

 

つまり、この問題がどこへたどり着くかは、

過去の議論から学べばよいのだ。

 

未来のために過去を予習しよう。

 

この問題を深堀りすると、めちゃくちゃ面白い。

「我々の文化の正体」が少しずつ見えてくる。

 

次回以降、1960年代まで時間を巻き戻してお勉強していこう。

日本が国際政治の場で(珍しく?)光り輝く様子も

紹介することになるだろう。

 

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『ONE PIECE(ワンピース)』がハリウッドで実写化! でも、喜ぶのはまだ早い。

ファンにとっては嬉しい大ニュースが発表された。

 

ネットフリックスが、マンガ『ONE PIECE(ワンピース)』の

実写版ドラマシリーズを制作し配信するというのだ。

 

●『ONE PIECE』ハリウッド実写化、Netflixで全10話配信 尾田栄一郎も参加

https://www.cinra.net/news/20200130-onepiece

 

もともとハリウッドのスタジオが制作するという話はあった。

今回のニュースの意味は、

ネットフリックスが大金を注ぎ込むことになったということだ。

 

これは楽しみだ!!

 

でも、実写化の成功までに立ちはだかるハードルはまだまだ多い。

「ぬか喜び」にならないように、心配するべき点を3つ挙げておきたい。

 

心配1:制作されない(塩漬け)

「制作されます!」という発表があったからといって、

本当に制作されるとは限らない。

 

あの名作マンガ『AKIRA』だって、

数年おきに「制作決定!」のようなニュースが聞こえてくるが、

なかなか実現していない。

最初に実写化のニュースを聞いてから、もう18年たってしまった・・。

AKIRA』は“塩漬け”になってしまった作品の代表格だ。

 

●『AKIRA』悲願のハリウッド映画に! 日本作品の実写化が止まらない真相

https://www.itmedia.co.jp/business/articles/1907/05/news017.html

 

マンガ原作をハリウッドで実写化する場合、

いくつかの段階をふむことになる。

 

ステップ1:オプション契約

映画プロデューサーが映像化の可能性を探るために、

原作者に手付金だけを支払う契約。

 

ステップ2:本契約(green lighting)

 映像化の可能性が高くなったので、

正式に映像化のライセンスをもらいライセンス料を支払う契約。

 

ステップ3:撮影開始

脚本が完成し、俳優や監督などもそろい、

撮影がはじまる。

 

ステップ4:作品完成・公開

無事に撮影やポスプロが終了し作品が完成され、公開される。

 

非常におおまかにいうと、上記4つのステップだ。

各ステップごとに交渉等に時間がかかるため、

それぞれ数年かかるのが普通だ。

ステップ1からステップ4に辿りつき、作品が公開されるのは

1パーセント程度しかないとも言われてる。

ステップ1の段階で「制作決定!」のようなニュースを聞いたとしても、

まだまだ可能性は低いのだ。

 

今回の『ONE PIECE』のニュースは、

ステップ2あたりではないかと思われる。

ステップ2に進んだものであっても、

キャスティングが上手くいかなかったり、

投資判断にマイナス要素が発生したりして、

制作が断念されるのはよくある話だ。

 

近年のネットフリックスの旺盛な制作意欲をみても、

ONE PIECE』実写化の可能性はかなり高いと思うが、

まだまだ油断はできないと思う。

 

心配2:無残に改変される(原作レイプ

多くの人が心配しているのが、このポイントだろう。

原作が無残な姿に改変されてしまう恐れ、

つまり“原作レイプ”の可能性だ。

 

日本のファンにとってはトラウマとなった

DRAGONBALL EVOLUTION』が、良い例だ。

 

鳥山明氏、実写版「ドラゴンボール」の失敗認める 「『ダメだろうな』と予想していたら本当にダメだった」

https://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1304/08/news029.html

 

ONE PIECE』の作者・尾田栄一郎氏が

ドラゴンボール」の失敗を意識していることは間違いない。

3年前の実写版制作発表でこんなコメントを公開している。

 

「まず「20年間作品を支えてくれているファンを絶対に裏切らない事。」

 これが僕からの条件です。

 不安の声もあがるでしょうがどうか期待の声をください。」

 

実写化にあたり、

尾田氏はエグゼクティブ・プロデューサーとして参加するという。

 

「尾田先生が参加するなら大丈夫だ!」

と胸をなでおろしたファンもいるかもしれないが、

安心するのはまだ早い。

「エグゼクティブ・プロデューサー」という大仰な言葉が、

何を意味するのか分からないからだ。

 

アイドル女優が警察署の「一日署長」になったからといって、

その女優さんが本当に警察を指揮する権限をもっているとは

誰も思わないだろう。

「一日署長」はただの「宣伝担当」だ。

「エグゼクティブ・プロデューサー」も同じ意味かもしれない。

 

重要なのは、尾田氏が実質的な権限を持つことが

契約で保証されているかどうかだ。

ハリウッドやネットフリックスのプロデューサーと、

原作者の意見が対立したとき、どちらの意見が優先されるのだろうか?

 

最終的にはハリウッドやネットフリックス側の意見が通るように

契約書は設計されているのではないか。

あくまでも金を出すのは彼らだ。

尾田氏はお金をもらう側の立場にいる。

金を出す方が強い。

 

先日の尾田氏のコメントの中に、

「あの世界一の動画配信サービスNetflixが大きく力を貸してくれる事に

 なりました!心強い!」

というものがあったが、これは間違っている。

ネットフリックスが金を出し、ネットフリックスが制作するのだ。

尾田氏の方がギャラをもらい力を貸す側にいる。

(「夢の実現に力を貸す」という曖昧な意味なら

 間違いとまでは言えないかもしれないが、そんなことを言い出すと

 世界中の人が力を貸しあっていることになってしまう)

 

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日本には「原作者の意思が大切にされるのは当たり前」

という文化があるが、彼らには日本の常識は通用しない。

 

最終的な決定権を相手に握られた状態で、

どれだけ踏ん張れるのだろうか・・・?

 

ネットフリックスはマーケティングやデータを重視する企業だ。

データを重視した結果、

「セクシー」と「バイオレンス」を強調する演出になってしまうのは、

よくあるパターンだ。

家族みんなで楽しめる明るい『ONE PIECE』を守るためにも、

ファンのために頑張る尾田氏を応援したい。

 

心配3:ルフィがルフィに見えない(テコリンの壁)

マンガのヒーローが実写化されたときに、

なんだか“ヘンテコリン”に見えてしまうことがある。

この現象は専門用語で「テコリンの壁」と呼ばれている。

 

スパイダーマンのようなアメコミヒーローの場合、

テコリンの壁はそんなに高くない。

マスクをかぶっているからだ。

原作とはイメージのかけ離れた俳優が演じたとしても、

マスクさえかぶればスパイダーマンに見えてしまう。

 

一方で『ONE PIECE』の主人公・ルフィは、

マスクをかぶっていない。

素顔のままで戦うヒーローだ。

テコリンの壁は高い。

 

原作とはイメージの違う顔立ちの俳優。

作り物感満載のメイクと衣装。

やたらと大げさな表情の演技。

こんな「コレジャナイ」要素が一つでも入り込むと、

たちまちヘンテコリンになってしまう。

ルフィのコスプレイヤーのお寒い芝居を延々と見せられる羽目になる。

CGキャラのチョッパーだけがリアルに見えるという結果になる。

実写化は失敗に終わる。

 

素顔のヒーローの場合、

相当にレベルの高い演出をしないとテコリンの壁を越えられない。

 

尾田氏をはじめ多くの優秀なスタッフと才能ある俳優なら、

きっと壁を越えてくれる・・・!と信じたい。

 

楽しみ!!

以上、喜ばしいニュースに水を差すようなことを書いてしまったが、

私自身は『ONE PIECE』実写化を本当に楽しみにしている。

 

ルフィにしか見えないオーラのある俳優が

英語で「海賊王に俺はなる!」と堂々と言っている姿を

見たくてしょうがない!

 

期待して次の発表を待とう。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

アメリカと日本のマンガヒーローの違いについては、

以前の記事で詳しく解説している。

 

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テコリンの壁については、こちらの記事でも考察している。

 

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また、ハリウッドと原作契約を結ぶときの注意点についても、

以下の記事でまとめている。

 

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興味があれば読んでみてほしい。

 

 

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オリンピックまで半年。あの悲劇を思い出そう。

東京オリンピックまで、半年をきった。

これから、日本中がお祭り騒ぎに飲み込まれていくだろう。

 

●五輪まで半年、花火やライトアップで祝う 東京・台場

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO54820370U0A120C2CR8000/

 

でも、我々はあの悲劇を忘れてしまっているのではないか?

もう一度だけ思いだそう。

インターネット史上に残る、あの大炎上事件を。

 

エンブレムのパクリ騒動

オリンピック開幕の5年前にあたる2015年7月、

大会の公式エンブレムが華々しく発表された。

アートディレクター・佐野研二郎氏の制作によるものだ。

 

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このデザインが東京や日本中にかかげられ、

大会を大いに盛り上げることが期待されていた。

 

しかし発表の3日後、

ベルギーのデザイナー、オリビエ・ドビ氏が、

自分の作品と「驚くほど似ている」とSNSに投稿した。

 

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たちまち大騒ぎになった。

 

ネットには佐野氏の過去の作品と似た作品を探し出し

「パクリデザイナーだ!」と決めつける記事であふれた。

佐野氏への個人攻撃・誹謗中傷が止まらない。

インターネット史上に残る大炎上へと発展した。

 

佐野氏は

「ドビ氏の作品は見たこともない」

「パクリではない」

と繰り返しうったえたが、

一度燃え広がった炎の勢いがやむことはなかった。

「あいつが泣いて謝るまで追い詰めろ!」と言わんばかりの

罵詈雑言の嵐がえんえんと続いた。

 

最終的には佐野氏が

「大会を成功させるためにエンブレムを取り下げたい」と

大会組織委員会(組織委)に伝え、あっさりそれが認められた。

 

急遽、代わりのものが必要になり、

「公募」という形で新エンブレムが決定された。

 

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こうして、佐野氏のことは忘れられた。

 

問題の本質

佐野氏のデザインに、法的な問題は無かった。

 

商標については世界中で調査を済ませており、クリアになっていた。

 

著作権についても同様だ。

著作権侵害だ!」と言えるのは、

以下3点すべてをドビ氏が証明できたときだけだ。


1.そもそもドビ氏の作品が「著作物」である。

2.佐野氏がドビ氏の作品を見た上で制作した。

3.単なるアイディアレベルではなく具体的な表現部分が似ている。

 

3つとも非常に高いハードルだ。

ドビ氏が証明できる可能性はほとんど無かった。

(というか、可能性ゼロと言い切って良い)

 

くわしい解説は、以前の記事で書いたとおりだ。

 

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法律上の問題はないのに、

「疑惑のデザイナー」という印象だけが先走ってしまい、

無実の佐野氏が世間からボコボコに殴られたのだ。

 

そして大会の組織委は、

傷ついた若きデザイナーを本気で守ろうとはしなかった。

記者会見を何度かひらいて説明はしたものの、

佐野氏が追い詰められて「もうやめたい」と言ったときに、

「ああそうですか」と簡単に受け入れ、エンブレムを取り下げた。

彼を見捨て、あっさりと次のデザイナーに乗り換えた。

 

以下はたとえ話だ。

 

若い男女が婚約する。

しかし、女の幸せを妬んだ人々が悪い噂を流す。

「あの女、万引きする癖があるらしいよ」

「あの女、むかしは強盗だったらしいよ」

世間からは祝福されない結婚となってしまった。

男の方も根も葉もない話だと分かってはいる。

でも、女から

「あなたに迷惑かけられないから、婚約はなかったことにしましょう」

と言われたとき、こう返事をしたのだ。

「ああそうですか。さようなら」

男は次の女に乗り換えた。

 

 

問題の本質は、

組織委に「信じた相手を守る」という覚悟がなかったことなのだ。

 

正義はどこへ

あの事件以来、正義は失われた。

正しいか正しくないかは関係ない。

炎上させたもの勝ちの世の中になった。

 

何か問題らしき事態が発生したら、

とりあえず謝る。とりあえず取り下げる。

そんな対応がスタンダードになった。

 

カップヌードルの「おバカ」CM取りやめ 「不快な思いを感じさせる表現あった」と謝罪

https://www.itmedia.co.jp/business/articles/1604/08/news084.html

 

●広告「酷似」指摘に「模倣の意図ないが、不快な思いをさせた」 ラフォーレが謝罪

https://www.j-cast.com/2020/01/25378002.html

 

 

誰もが炎上を怖がるようになった。

それも仕方ない。

だって、炎上したら佐野氏のように個人攻撃され、

家族の情報をさらされ、危険な目にあうからだ。

そして、誰も守ってくれないからだ。

エンブレムのパクリ騒動が、

「正義」よりも「炎上」の方が強いことを証明してしまった。

 

私はこんな世の中は嫌だ。

炎上がおきても、冷静でいたい。

印象だけで判断せず、何が正しいのか?をちゃんと理解したい。

もし炎上の当事者になっても、大切な人は守り抜きたい。

 

オリンピックのお祭り騒ぎに飛び込む前に、

もう一度だけ、あの悲劇のことを思い出してほしい。

 

佐野氏の現在

パクリデザイナーという汚名をきせられた佐野氏だが、

その後も順調に仕事を続けているようだ。

 

新しい地図』のロゴ、サントリーDAKARA」のCMなど、

大きな仕事を次々と手掛けているという。

 

佐野研二郎 東京五輪ロゴのパクリ騒動後も仕事絶えず、大衆ウケが評価

https://www.excite.co.jp/news/article/Jprime_15790/

 

佐野氏は実力のあるデザイナーだ。

今後のさらなる大活躍を心から願っている。

 


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あなたの作品がハリウッドで映画化!?~悲劇の契約~(4)ハッピーエンド

日本のマンガや小説を原作にしてハリウッド映画を作る場合。

契約条件には要注意だ。

 

ここまでは3つのパターンの悲劇を見てきた。

 

・映画が制作されず、塩漬けになるケース

・映画は制作されるが、無残な姿に改変されるケース

・映画はヒットするが、名声とお金が手に入らないケース

 

 ハリウッドとの契約交渉という難関を突破するのは、

並大抵のことではない。

 

マンガ出版社の芸漫社に勤める角野君の最後の奮闘をみてみよう。

 

4度目の正直!

3つ目の悪夢から目覚めた角野君。

「次こそは失敗しないぞ!」と燃えている。

出社したところ、案の定ハリウッドから映画化のオファーが来ていた。

80年代にはやったマンガ『電脳ウォーズ・ヒロシ』のライセンスが

欲しいという。

今回の交渉相手は、ゴールドシュミット氏だ。

 

失敗から学ぶ男・角野君は積極的に動く。

 

社内のバックアップ体制を整えた。

相手の力量をリサーチした。

エリア・言語・期間・与える権利・などの条件には徹底してこだわった。

内容をむちゃくちゃに変えられないよう配慮もした。

 

さあ、今回の勝負はここからだ。

 

クレジット

契約書には「原作者としてHosomi Kazuhiroと表示します」と

書かれてはいる。

しかし、これで安心してはいけない。

日本の映画では「原作:〇〇」と目立つように表示するのは、

ほとんど当たり前のマナーとなっているが、

日本の常識は彼らには通用しない。

このままではエンドロールのまったく目立たないところに

チョロッと名前が書かれるだけってことになりかねない。

 

角野君は強気に「シングルカード」を要求した。

シングルカードとは、映画のオープニングなどで

画面上に単独で名前が表示されることで、

主演や監督など、特別に重要な人だけが得られる権利だ。

 

(シングルカードの中でも、何番目に出すか?の順番も、

 プロデューサーの手腕が問われる重要なポイントだ。

 『バットマン&ロビン Mr.フリーズの逆襲』では、

 バットマン役のジョージ・クルーニーを差し置いて、

 悪役のアーノルド・シュワルツェネガーが

 最初のシングルカードで出てきた。

 あれを見たときは「いろいろあったんだろうな~」と

 複雑な思いになったものだ)

 

角野君は要求する。 

「原作者の名前をシングルカードで表示すると、

 契約書に書いてください」

 

しかしゴールドシュミット氏も手ごわい。

「シングルカードは出せる数が限られている貴重な資源だ。

 数多くのスター俳優やスター監督をブッキングしていく中で、

 非常に重要な交渉要素なっている。

 そんなに簡単にお渡しすることはできない。

 それに、反日感情の強い国では名前を出さない方が

 興行的にも有利なのだ。

 あきらめてほしい」

 

などと、かなりの抵抗にあったが一貫して強気に出た結果、

シングルカードの獲得に成功することができた。

これは快挙だ!

これで原作者の細見先生の名誉を守ることができる。

 

ボーナス

映画がヒットした場合は、

最初のライセンス料とは別にボーナスもほしい。

契約書にはお金の支払いについて非常に細かい取り決めが書いてある。

お金の話だけで20ページもある!

頑張って読み込む角野君だが、読んでるうちに頭がこんがらがってくる。

「あれ?ここで控除される費用と、さっきの費用は別なのか?」

うんざりしながら最後のページにたどり着いたときには、

1ページ目の内容が思い出せなくなっていた。

 

とりあえず、ボーナスの計算式らしきものは書いてはあった。

でも、いろんな条件がついていることも分かった。

 

よし、もう1度読もう。

 

こうして何度も読み返すうちに少しずつ内容が理解できてきた。

 

分かったのは、

ヒットした場合にボーナスが貰えると書いてはいるが、

独特の計算式の中でありとあらゆる数字が何重にも差し引かれ、

実際にボーナスが発生する可能性は低いということだった。

 

これは、何とかしたい!

でも、20ページもある条件の一つ一つを

交渉ではねのけていくのは、気が遠くなる作業だ・・・。

 

仕方ない。

計算式に手を加えるのはあきらめよう。

その代わり、相手が変えやすい部分にしぼって交渉しよう。

 

例えば数字。

計算式を変えるのは大変な作業だが、

その中の数字を書き換えるだけなら作業としては簡単なはずだ。

 

差し引かれる数字に上限を決めることも要求してみよう。

 

数字のごまかしのきかない興行収入(box office)に連動した

シンプルな計算式も提案してみよう。

 

角野君は、思いつく限りのアイデアを盛り込んで要求を続けた。

強い抵抗にあい難しい交渉となったが、最終的には

それなりに満足できる条件で合意することができた。

 

良かった。

これで、映画が大ヒットした場合でも、

ボーナスがもらえずに「損した気持ち」にならずに済みそうだ。

 

裁判所

良かった良かった。

今度こそ。本当に今度こそは、悲劇をみずに済む。

そう安心していたが・・・

 

嫌な予感がする。

いつもこのパターンで足もとをすくわれて失敗したじゃないか。

きっとまだ何か、問題点があるに違いない!

 

実は、一つだけ気になる点が残っていた。

もし芸漫社とゴールドシュミット氏がモメてしまい、

裁判になったら「カリフォルニアの裁判所で裁判する」と

書いてあるのだ。

 

角野君からは“ダメ元”で「東京の裁判所で裁判する」と

書き換えて提案したものの、

まったく相手にしてもらえなかったポイントだった。

 

芸漫社のスタッフも顧問弁護士も

「ここは譲ってもらうのは無理なんじゃないか」

と言っていたので、半ばあきらめていたのだ。

 

 でも、よく考えてみたら、これってすごく大事なんじゃないか?

カリフォルニアで本格的に裁判するとなれば、

弁護士費用だけでウン千万円が飛んで行ってしまう。

出張費だってバカにならない。

それに、相手の国の慣れない制度と言葉の中で戦うことになってしまう。

こっちにとっては、絶対に避けたい事態だ。

一方で、ゴールドシュタイン氏にとっては

地元で気軽に裁判をすることができるってことだ。

もし彼とモメてしまった場合、

「じゃあ、裁判で白黒つけましょう」と言われてしまうと、

それだけでこっちはグウのねも出なくなってしまいかねない。

裁判になる前から「負け」が決定してしまう。

 

やはりここは、簡単に相手の条件を飲んではいけない!

 

角野君は、最後の力をふりしぼって頑張った。

どんなに強く拒絶されても、次々と提案を投げ返した。

相手から返事がくるのは1週間後ぐらいだが、

角野君は半日で返事をかえした。

何度も「あの件どうなってます?」と問い合わせ、

プレッシャーをかけた。

どんどん交渉の回転速度を上げていった。

 

そして最終的には・・・

「裁判を起こす側が、相手の国の裁判所に出向く」

という対等な条件まで落とし込めた。

これなら、お互いに簡単には裁判を起こせない。

モメごとがあっても、誠実に話し合って解決する流れになりやすい。

裁判を避けたいからこそ、裁判の条件にはこだわるべきなのだ!

 

ハッピーエンド

こうして、契約書は締結された。

 

ゴールドシュミット氏ががんばったおかげで、

映画はクランクインにこぎつけ、無事完成した。

全世界で公開され、大ヒットとなった。

さっそく続編の話も持ち上がっている。

角野君は続編の条件もしっかり取り決めていたので、

今後も有利に話をすすめられるだろう。

 

細見先生の名前は世界中に知れ渡った。

先生の息子さんも大喜びだ。

ボーナスもしっかり獲得し、裕福になった。

『電脳ウォーズ・ヒロシ』以外の先生の作品にも

注目が集まっていて、ドラマ化の話も進んでいる。

 

角野君が作品を愛し、粘り強く交渉したからこその結果だ。

芸漫社の多くの人は細見先生や担当の編集マンを褒めたたえたが、

角野君は自分自身に対して深い満足感をおぼえていた。

 

彼は、自宅で一人で祝杯をあげることにした。

お酒を口に付けようとするが・・・

 

「飲むのはやめよう。また夢になるといけない」

 

まとめ

今回の連載のポイントは以下のとおり。

 

・ハリウッドとの契約交渉は時間と労力がかかる。

 地に足をつけてじっくり取り組もう。

・こちら側のバックアップ体制を整えるのも大事。

・契約しても映画化が実現しないことが多いことを理解しよう。

・条件にはひたすらこだわろう。

・地域、期間、言語、映画化以外の権利など、

 与える権利についてしっかり考えよう。

原作レイプが起きないよう工夫しよう。

・クレジット表示に気を付けよう。

・お金の支払いがどうなるかも気にしよう。

・裁判所の場所も大事。

 

上記のほとんどは、相手がハリウッドじゃなくても通用する話だ。

覚えておこう。

 

じっさいの契約では、

これ以外にもたくさんの悩ましい問題に遭遇するだろう。

それでも諦めず、作品への愛情を胸に、堂々と交渉してほしい。

私もそうしている。

 

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今回の記事は、経験豊富で百戦錬磨の福井健策弁護士のセミナー

「日本原作の海外ライセンス攻略法 対ハリウッド契約を中心に」

を大いに参考にさせていただき書いものです。

深く感謝申し上げます。

 

 

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死者に思いを。

おけましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いします。

 

「死者の権利」について

この1年を振り返ると、

「亡くなった人の情報の扱い」について

注目の集まることが多かったと感じる。

 

京都アニメーションの放火殺人事件では、

被害にあった方の実名を報道すべきか?

について全国的に熱い議論が繰り広げられた。

 

京アニ放火殺人と実名報道 メディアはどう向き合ったか

https://www.asahi.com/articles/ASM934GRLM93PTIL00R.html

 

「遺族に取材が殺到して迷惑がかかるから匿名にすべきだ!」

「正確な情報の発信が報道機関の使命だ!」

など、さまざまな意見が出た。

 

また、最近では相模原市福祉施設の事件の被害者遺族が

亡くなった娘の名前を公表したことが話題となった。

 

●美帆が生きた 甲Aではなく 

 遺族、娘の名前を初公表…相模原殺傷きょう初公判

https://www.yomiuri.co.jp/national/20200107-OYT1T50267/

 

母親は

「(娘が)甲さんと呼ばれることは納得いきませんでした。美帆という名前があるのに」

「娘が一生懸命に生きた証しを残したい」

と語っているという。

 

また、年末の「NHK紅白歌合戦」では、

人工知能を使って再現された美空ひばりが出演し新曲を披露した。

これを見て「すばらしい!」と絶賛する人がいる一方、

親友の中村メイコ氏は「いやだ」と拒否感を示した。

彼女以外にも「死者の冒涜にあたるのではないか?」と感じた人が

少なくなかったと思う。

 

●“AI美空ひばり”は「嫌だ」 親友の中村メイコ語る

https://www.1242.com/lf/articles/220704/?cat=entertainment&pg=happy

 

 

人は死ぬ。

死んだ人の思いは、あとに残された者が想像するしかない。

 

死者の顔、死者の声、死者の名前、

彼らが生きていたという事実そのもの。

どの情報が守られるべきなのだろう?

 

どんな方法で守るのが良いのか?

秘密にすべきなのか?

公表をしたうえで、名誉を汚すような扱いだけを禁止するべきなのか?

 

そして、それを扱う権利は誰のものか?

親族なのか?

親友なのか?

メディアなのか?

 

それとも、

死者は「歴史の一部」なので、

全ての人が等しく死者の情報に接し、

自由に扱うことができるようにすべきなのか?

 

 

今後テクノロジーが進歩し「死者の意思」が

ある程度は正確に分かるようになるかもしれない。

(例えばAIとブロックチェーンを活用した「AI遺書」など。)

それでも「死者の意思」に従うことが常に正しいとは限らない。

例えば坂本竜馬のAI遺書が

「姉あてに書いた手紙、公表されるのは恥ずかしいからやめて」

と訴えたとしたら。

貴重な歴史的資料なのに。

美空ひばりのAI遺書が

「もう紅白に出るのはうんざり。

 今年は「絶対に笑ってはいけない」に出たいのよ」

と言い出したとしたら。

それこそ「冒涜」になってしまうのでは?

 

「死者の権利」については、誰にも正解がわからない。

これが現状だ。

残された我々は、

今後も亡くなった大切な人たちに思いをはせるしかないのだろう。

 

著作権と死者

著作権の世界では、死者の扱いについては割とこまかく決められている。

 

作者の死後も作品の著作権は残る。

通常は、作者の死後70年だ。(なが!)

著作権はお金や不動産などと同じように財産として扱われる。

遺族に相続されることが多いだろう。

 

楽家の平尾昌晃の遺産である著作権をめぐっては、

遺族間の“泥沼バトル”がメディアで面白おかしく取り上げられた。

 

●平尾昌晃さんの遺産60億円バトルで浮上「音楽印税ってそんなに儲かるの?」をプロが解説

https://nikkan-spa.jp/1513199

 

 

「財産」ではなく「人格」という面でも配慮がある。

作者が死んだ後であっても、作者が嫌がるような作品の改変や、

不名誉な取り扱いをしてはダメということになっている。

著作権法第60条)

そして、その権利を扱える人は誰か?も決まっている。

原則としては遺族だ。

さらにその順位まで丁寧に書いてある。

「配偶者、子、父母、孫、祖父母、兄弟姉妹」の順になっている。

遺言があればそれに従うことになる。

著作権法第116条)

先々のことまで、ひじょうに細かく決められている。

 

 

素晴らしい作品は作者の死後も世代を超えて愛される。

それが理解されているから、

法律も長期的な視点にたった設計になっているのだ。

 

上記の「死者の権利の取り扱い問題」について、

著作権の制度は参考になるかもしれない。

 

去年の記事のふりかえり

著作権をメインテーマにしているこのブログだが、

去年は幅広い内容を扱った。

 

 

人工知能著作権の観点から考察した。

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美術品について掘り下げて考えた。

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著作権を強くするか?弱くするか?

つまり、右派と左派の大きな思想の流れについても概観した。

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世にはびこるJASRAC批判にも反論した。

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歌手とレコード社の大きな戦いについても取り上げた。

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ネット上で話題の「ダウンロード違法化」も解説した。

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日本語、英語、その他ことばの問題についても

歴史や脳の視点から研究した。

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著作権と同じくらい有名な肖像権についても

ストーリー形式で説明した。

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著作権について契約書を結ぶ時のポイントについても

開示している。

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一般に「著作権」といえば特殊な法律の話だと思われているが、

著作権を入り口にした広がりと深みのある世界が存在するのが

分かってもらえると思う。

 

今年は

去年は書きたいことが多かったので、

話題が広がりすぎてしまった。

 

今年はあらためて著作権の基礎に立ち返ろう。

著作権についての基本的な話を、

どんな解説書よりも分かりやすく説明していくつもりだ。

基礎がわかったうえで改めて上記の記事を読んでもらえれば、

さらに理解が深まって良いと思う。

文章以外の表現形式もためしてみたい。

 

読者のみなさま。

今年もお付き合いいただけると幸いです。

よろしくお願い申し上げます。

 

吉沢計

 


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あなたの作品がハリウッドで映画化!?~悲劇の契約~(3)奪われた名声と大金

日本原作のハリウッド映画化。

満足できる契約条件にたどり着くまでの道のりは遠い。

 

ここまでは2つのパターンの悲劇を見てきた。

・映画が制作されず、塩漬けになるケース

・映画は制作されるが、無残な姿に改変されるケース

 

今回は3つめのパターンを見てみよう。

 

3度目の正直!

芸漫社でを退社した角野君。

ある朝目を覚ますと・・・これまでの出来事は全て夢だった!

 

「良かった・・・次こそは失敗しないぞ。

 3度目の正直だ!」

 

出社してみると、社内の雰囲気が浮ついている。

ハリウッドのゴールドブラムというプロデューサーから、

マンガ『電脳ウォーズ・ヒロシ』の映画化へのオファーがあったのだ。

 

角野君は法務担当として素早く対応する。

社内を落ち着かせ、バックアップ体制を整える。

じっくりと相手と交渉し、少しずつ満足できる条件を獲得していった。

 

改変権の交渉

しかし、ゴールドブラム氏がどうしても首をたてに振らない条項があった。

「映画の内容に関する決定権はゴールドブラム側にある」という点だ。

 

しかしここは簡単に譲るわけにはいかない。

相手に決定権を認めてしまうと、

『電脳ウォーズ・ヒロシ』が

見るも無残な駄作に作り変えられてしまうかもしれない。

 

角野君は改変権については特に重点的に主張した。

 

「この作品は原作者の細見先生がクリエイターとしての魂をこめて

 書き上げた血と汗と涙の結晶なんです。

 先生が納得できないものを作らせるわけにはいきません。

 最終的な脚本に対して我々のapproval(承認)を得なければ、

 映画化できないという条件が必要です。

 ここは譲れません」

 

しかしゴールドブラム氏も手ごわい。

 

「ミスター角野。

 きみはハリウッドの仕組みをよく理解していないようだ。

 我々は数百億円の製作費をかけて映画を作る。

 脚本制作の段階で無数のスタッフがキャスティングや撮影準備に動き、

 すでに多額の費用がかけられている場合もある。

 それなのに原作者の個人的な好みでストップがかけられてしまえば、

 それだけスケジュールが延び、さらなる費用がかかる。

 そんなリスクは冒せないことは、

 あなたも我々の立場を想像すればわかるはずだ」

 

「し、しかし、日本では原作者を大切にする文化があるんです。

 原作を大切にしているかどうかは、作品のファンが見れば分かります。

 映画を成功させるためにも、「原作者の承認を得ている」という形を

 担保しておくことが重要なのではないですか?」

 

「あなたの国の文化や商慣習は理解するが、

 リスクをとって映画を作る我々のことも理解してほしい。

 承認権は認められない」

 

何度も交渉を繰り返すが、

一歩も前進のないまま3か月が経過した。

 

作戦変更

どうすれば良いのか・・・

なんとかして契約を成立させたいが、このままでは決裂してしまう。

 

ここまでの感触では、承認権はどうやっても無理なようだ。

それでも「原作レイプ」だけは防ぎたい・・・。

 

角野君は方針を修正した。

作戦は2つだ。

 

まずは「作品内容のここだけは絶対に変えないで!」

というポイントを決めよう。

例えば

「主人公は普通の高校生であること」

「ゲームを通じて良い友人ができるエピソードを入れること」

などだ。

ポイントを限定すれば、相手も受け入れやすくなるだろう。

細見先生と相談して大事な要素(key elements)を挙げていった。

交渉の過程で絞り込むことになるかもしれないから、

優先順位も決めておいた。

契約で「ここだけは変えない」と決めれば、

それが作品の❝重石❞となり、

原作から遊離した映画になることを防げるだろう。

 

もう1つの作戦は❝嫌がらせ❞だ。

映画を「承認する権利」は諦めるとしても、

「気に入らないときは嫌がらせできる権利」は確保しよう。

具体的にはこんな感じだ。

「もし最終脚本に対して原作者とゴールドブラム氏の意見が対立し、

 1か月以内に解決しない場合は、

 電話会議を開催する。

 その電話会議には、監督とトップの脚本家を出席させないといけない。

 この電話会議を反映して脚本を修正し、

 それでも意見が対立し、1か月以内に解決しない場合は、

 もう1度電話会議を開催する。

 そこにも監督とトップの脚本家を出席させないといけない。

 その後1か月以内に解決しない場合は、

 ゴールドブラム氏の意見が優先される」

 

これなら「予防効果」があるはずだ。

ゴールドブラム氏にとっても、

忙しくてギャラの高い監督や脚本家をわざわざ会議に召集するのは、

気が重い作業だろう。

電話会議をさけるためにも、

こちらの意見を聞こうという気になるに違いない。

 

角野君は

「大事な要素」と「嫌がらせする権利」の

2つの作戦で、あらためてハリウッドとの交渉にのぞんだ

 

それからさらに3か月・・。

 

タフな交渉の結果、「大事な要素」は数を大幅に減らされ、

電話会議の回数は1回だけとなったが、

ついに合意に達することが出来た。

契約成立だ!

 

これだけやれば、原作レイプが起きる可能性は低い。

細見先生にも原作ファンにも喜んでもらえる映画になるだろう。

もう悲劇は起きない。

これで一安心だ。

 

3度目の悲劇

数年後、ハリウッド映画『電脳ウォーズ・ヒロシ』が

全世界で公開された。

 

内容的にもよく出来ている。

原作の良い部分をいかしながら、現代風のアレンジもきいている。

ゴールドブラム氏がこちらの意見をかなり聞いてくれたおかげだ。

 

日本の原作ファンの評価も上々だ。

「子供の時に読んだ気持ちを思い出したよ。

 原作愛を感じる」

 

原作を知らない海外のファンにも受け入れられ、

興行成績的にはスマッシュヒットとなった。

 

良かった。良かった。

 

しかし・・

 

息子と一緒に映画を観に行った細見先生の表情がすぐれない。

どうしたのだろう?

事情をきくと息子がガッカリしているというのだ。

「どこにもお父さんの名前が出てなかったよ!なんで!?

 友達にも自慢してたのに・・・」

 

そんなはずはない!

契約書には原作者の名前を映画の中で表示するように、

はっきり書いてあったはずだ。

 

慌てて角野君が映画をみてみると・・・あった。

確かに

「Based on the original comic ❝Computer Wars Hiroshi❞

 created by Hosomi Kazuhiro」

と出てはいる。

でも、延々と続くエンドロールの真ん中あたりに

小さく出ているだけで、全く目立たない。

これでは、海外の映画ファンには細見先生の原作だと伝わらないじゃないか。

実際、海外での評価はマイケル・ポイ監督に集中している。

「監督の創作した独創的な世界観は最高にクールだ!」

SNSで見るのはそんな声ばかりだ。

 

しかし残念なのはそれだけではなかった。

 

最初の契約金だけは受け取っていたが、

映画がヒットしたときはボーナスが出ることになっていたはずだ。

それがいくら待っても振り込まれてこない。

これは変だ。

 

ハリウッドに問い合わせてみたが・・・

 

「追加の支払いはありません。

 契約書の45ページをみてください。

 この計算式により、製作費や配給費、

 その他いろんな費用が控除されます。

 まだまだボーナスが発生するには程遠い状態です」

 

そんな・・・!

 

映画化は成功したものの、真のハッピーエンドとはならなかった。

むしろ映画が成功したからこそ、

「原作者としての名声」や「手にしたはずの大金」が

奪われてしまったような気持ちだ。

 

またもや悲劇は避けられなかった。

角野君が会社をやめるには至らなかったが、

ハリウッド相手の難しさを

改めて思い知らされたのだった・・。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

角野君がもう一度だけハリウッドと戦う様子は、

来年えがいていこうと思う。

 

今回の記事は、経験豊富で百戦錬磨の福井健策弁護士のセミナー

「日本原作の海外ライセンス攻略法 対ハリウッド契約を中心に」

を大いに参考にさせていただき書いものです。

深く感謝申し上げます。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

来週の連載はお休みします。

 

読者のみなさま。

今年も1年お付き合いいただき、本当にありがとうございました。

良いお年をお迎えください。

 


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あなたの作品がハリウッドで映画化!?~悲劇の契約~(2)原作レイプ

日本の作品を原作にしたハリウッド映画。

契約交渉は非常にハードになる。

今回は別パターンの悲劇を見てみよう。

 

今度こそ!

先週登場した角野君を思い出してほしい。

契約に失敗し失意のうちにマンガ出版社の芸漫社をやめてしまった。

 

やる気を無くし、お酒を浴びるように飲み、眠りにつく。

 

目を覚ますと・・・平和だ。

様子がおかしい。

戸惑っていると、退社したはずの芸漫社から電話がかかってくる。

 

「角野さん、何してるんですか?

 会議が始まりますよ!」

 

彼はまだ芸漫社の社員だった。

全ては夢だったのだ!

 

会議に出てみると、役員の郷田さんや編集部の花田君など、

社内の主だったメンバーが勢ぞろいしていた。

マンガ『電脳ウォーズ・ヒロシ』に対して

ハリウッドから映画化のオファーがあり、

緊急対策会議をすることになったのだという。

 

「すごい話じゃないか!」

「条件は二の次だ。

 とにかく契約を成立させよう!」

 

浮ついた雰囲気の中、角野君は決心する。

 

「あの悲劇は、繰り返さないぞ!」

 

おもむろに立ち上がり、演説を始めた。

 

「みなさん、落ち着きましょう。

 現時点では、映画化が実現する可能性は低いです。

 それなのに相手は全ての権利を押さえにきます。

 その結果、作品の未来が奪われることになりかねません。

 そんな悲劇を私は実際に知っています。

 じっくり時間をかけて契約を詰めていきましょう。

 それが、作家さんから作品をあずかっている我々の使命です!」

 

この熱い発言がきっかけとなり、会議の流れは変わった。

契約条件にこだわる方針が決議された。

郷田さんや花田君も納得したようだ。

こうして、角野君をバックアップする社内体制は整った。

 

失敗が糧になる

角野君は猛烈に頑張った。

 

今回の相手はゴールドスタインというプロデューサーだ。

まずは相手のことを知ろう。

データベース(IMDbPro)や現地のエージェントを使って、

調査した。

大手スタジオに所属しているわけではないが、

そこそこの実績もあり、信頼できる相手のようだ。

 

「前向きに進めたい」と伝えると、契約書がPDFで送られてきた。

「手を加えたいのでWordで送ってくれ」と何度リクエストしても

送ってくれないので、

変換ソフトと人力を使って無理やりWordにした。

これで、実際の条文形式で相手と交渉できる。

 

まずは「オプション契約」という契約を結ぶことになった。

本格的な映画化契約の前に、

手付金だけを支払ってもらう契約だ。

 

この契約で、相手にどれだけの範囲の権利を与えるか。

相手からは

・全世界で

・永久に

・全言語で

・あらゆる形式で(映画、ドラマ、舞台、ゲーム、グッズ・・・)

という範囲を当然のように求められたが、

そう簡単に全部渡してしまうわけにはいかない。

「権利」は「義務」ではない。

相手に権利を渡したのに実現してもらえなければ、

作品が塩漬けになってしまうだけだ。

必死で交渉をがんばり

・全世界で

・1年半(ただしゴールドスタイン氏が1回延長できる)

・英語とスペイン語での制作

・実写映画化とその映画の全面的な利用

という範囲で合意することができた。

 

「この作品の権利は間違いなく芸漫社のものです」と

相手が納得できる証拠文書(COT)を求められたので、

早め早めに準備を進め、一通り提出し、納得してもらえた。

(そのことを契約書に書き込んだ)

 

手付金(オプション契約料)は300万円。

もし映画化がGOになり、本契約を結ぶことになれば

追加で2700万円。

本当はもっと欲しかったが、「契約を成立させたい!」という

こちらの本心は見透かされている。

今回はこの辺で手を打つことにした。

 

交渉には1年かかったが、

お互いなんとか納得できる内容に仕上がった。

角野君が(夢の中の)失敗に学んだおかげだ。

 

更なる契約へ

今度はゴールドスタイン氏が頑張る番だ。

彼はあらゆるコネを使って面白い脚本を作り、

魅力的で実現可能性の高いキャスト候補のリストを作り上げ、

メジャースタジオに売り込み続けた。

 

それから2年。

大手の「ワーナー・シスターズ」からGOが出た!

 

早速ゴールドスタイン氏から角野君に連絡が入る。

 

「ミスター角野、喜んでほしい。

 ワーナーがOKを出した。

 まだ色々と詰めるべきことは多いが、

 実現の可能性は非常に高い。

 ただし、一つ条件がある。

 私と芸漫社で結んだ契約内容にワーナーが満足していないんだ。

 ワーナーの条件であらためて契約を締結してほしい」

 

ワーナーが提示してきた契約条件は、一段と厳しいものだった。

 

彼と1年かけた交渉は一体何だったんだ・・・

また1からやり直さないといけないのか・・・

心が折れそうになりながらも、

角野君はもう一度奮起し、全ての交渉をやり通した。

 

それから更に3年・・。

山あり谷ありだったが、

正式な本契約(green lighting)の締結まで辿りつくことができた。

長かった・・・。

 

制作過程で

それからまた1年。

なかなか「撮影開始!」というニュースは聞こえて来ない。

脚本の制作や俳優・監督のブッキングが難航しているらしい。

 

それでも脚本は徐々に完成に近づきつつあるようだ。

たまには角野君にも途中段階の脚本が送られてくる。

原作からはかなりアレンジされているが、

本質的な部分は変えられていない。

作家の細見先生も「この程度なら良いですよ」と納得してくれている。

 

しかし、雲行きがあやしくなってきた。

脚本のテイストが急に変わり始めたのだ。

 

『電脳ウォーズ・ヒロシ』は、

80年代のゲームブームを背景に生まれたマンガだ。

普通の高校生・ヒロシが、

ゲームバトルを通じて個性的な仲間を増やしていく。

必殺技は「連打ハリケーン」だ。

幼なじみのガールフレンド・ミナミちゃんとの恋愛模様

作品のアクセントになっている。

物語の後半では、電脳世界の帝王・デスベーダ―が、

ゲームを通じて全国の子供たちを洗脳し世界征服を企む。

ヒロシは仲間とともにデスベーダ―に立ち向かう。

そんなお話だ。

「普通の子でも、夢中になれものを見つけたら、

 大好きな仲間ができる。

 世界を変えることだってできる!」

細見先生のそんな前向きなメッセージが込められている。

 

しかしハリウッドの最新脚本では全く違うものに変えられていた。

 

まず、ヒロシの設定が違う。

中国のカンフーマスターの息子ということになっている。

特別なカンフーの才能を活かしたゲームテクニックで、

悪と戦うスーパーヒーローだ。

ガールフレンドのミナミちゃんは、人間ですらない。

バーチャル空間で生きているAIの芸者さんだ。

ヒロシはAIミナミに恋をするが、実はこれは悪の帝国の罠だった。

ミナミに脳をのっとられたヒロシは自我の崩壊に苦しむ。

そして、さらに衝撃的な真実が。

悪の帝国を陰で操っていたのは、

北朝鮮で行方不明になってたヒロシの父親だったのだ。

さまざまな裏切り、どんでん返しを繰り返しながら、

クライマックスでは、力に目覚めたヒロシが

「Renda Hurricane!」とシャウトして敵をやっつける。

こんなストーリーになっていた。

 

これはひどい

最近の流行りを集めてきて、継ぎはぎしただけの安っぽい内容だ。

表面的な部分では似ているが、

もはや『電脳ウォーズ・ヒロシ』ではない。

 

いつもは温厚な細見先生も

「これは許せない!

 これでは作品のメッセージが伝わらない!」

と激怒している。

 

角野君からハリウッドに

「大切な部分は変えないでくれ」

と要望したが、こんな返事がかえってきた。

 

「新しく就任する予定のマイケル・ポイ監督の意向が

 強く働いたため、大きく変更することになりました。

 脚本の決定権は我々にあります。

 修正には応じられません」

 

そんな・・・!

 

悲劇再び

それから3年後、ハリウッド映画『電脳ウォーズ・ヒロシ』が

全世界で公開された。

 

日本の原作ファンからの評判は散々なものだった。

「こんなもの見たくなかった!原作レイプだ!」

 

原作を知らない世界中の映画ファンの評価も低かった。

「イマイチね。この作品、大したことないわ」

 

細見先生の周囲の人からはため息がもれた。

「なんでこんな作品にOK出したんだ。

 細見さんも金に目がくらんだのかな」

 

興行的にも大コケした。

 

多少のライセンス料は入ってきたものの、

失ったものも大きかった。

 

細見先生に映画化の話が来ることは二度となかった。

 

会社にいづらくなった角野君は、退社することを選んだ。

悲劇は避けられなかったのだ。

 

角野君はお酒に逃げ、毎晩酔っ払って眠るようになった。

これが夢であることを願って・・・

 

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最近では少しずつ減りつつあるが、

原作レイプ」は起きやすい悲劇のパターンだ。

 

日本では「原作者が大切にされて当たり前」という文化があるが、

ハリウッド相手にその常識は通用しないようだ。

巨額の製作費を投じる以上、

原作者の個人的なこだわりに左右されるのは大きなリスクになるからだ。

彼等との契約の壁は高くて厚い。

 

次回は、再び夢から目覚めた角野君が「原作レイプ」を防ぐために

奮闘する姿と、それ以外の悲劇のパターンを見てみよう。

 

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今回の記事は、経験豊富で百戦錬磨の福井健策弁護士のセミナー

「日本原作の海外ライセンス攻略法 対ハリウッド契約を中心に」

を大いに参考にさせていただき書いものです。

深く感謝申し上げます。

 

 

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