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あなたの作品がハリウッドで映画化!?~悲劇の契約~(2)原作レイプ

日本の作品を原作にしたハリウッド映画。

契約交渉は非常にハードになる。

今回は別パターンの悲劇を見てみよう。

 

今度こそ!

先週登場した角野君を思い出してほしい。

契約に失敗し失意のうちにマンガ出版社の芸漫社をやめてしまった。

 

やる気を無くし、お酒を浴びるように飲み、眠りにつく。

 

目を覚ますと・・・平和だ。

様子がおかしい。

戸惑っていると、退社したはずの芸漫社から電話がかかってくる。

 

「角野さん、何してるんですか?

 会議が始まりますよ!」

 

彼はまだ芸漫社の社員だった。

全ては夢だったのだ!

 

会議に出てみると、役員の郷田さんや編集部の花田君など、

社内の主だったメンバーが勢ぞろいしていた。

マンガ『電脳ウォーズ・ヒロシ』に対して

ハリウッドから映画化のオファーがあり、

緊急対策会議をすることになったのだという。

 

「すごい話じゃないか!」

「条件は二の次だ。

 とにかく契約を成立させよう!」

 

浮ついた雰囲気の中、角野君は決心する。

 

「あの悲劇は、繰り返さないぞ!」

 

おもむろに立ち上がり、演説を始めた。

 

「みなさん、落ち着きましょう。

 現時点では、映画化が実現する可能性は低いです。

 それなのに相手は全ての権利を押さえにきます。

 その結果、作品の未来が奪われることになりかねません。

 そんな悲劇を私は実際に知っています。

 じっくり時間をかけて契約を詰めていきましょう。

 それが、作家さんから作品をあずかっている我々の使命です!」

 

この熱い発言がきっかけとなり、会議の流れは変わった。

契約条件にこだわる方針が決議された。

郷田さんや花田君も納得したようだ。

こうして、角野君をバックアップする社内体制は整った。

 

失敗が糧になる

角野君は猛烈に頑張った。

 

今回の相手はゴールドスタインというプロデューサーだ。

まずは相手のことを知ろう。

データベース(IMDbPro)や現地のエージェントを使って、

調査した。

大手スタジオに所属しているわけではないが、

そこそこの実績もあり、信頼できる相手のようだ。

 

「前向きに進めたい」と伝えると、契約書がPDFで送られてきた。

「手を加えたいのでWordで送ってくれ」と何度リクエストしても

送ってくれないので、

変換ソフトと人力を使って無理やりWordにした。

これで、実際の条文形式で相手と交渉できる。

 

まずは「オプション契約」という契約を結ぶことになった。

本格的な映画化契約の前に、

手付金だけを支払ってもらう契約だ。

 

この契約で、相手にどれだけの範囲の権利を与えるか。

相手からは

・全世界で

・永久に

・全言語で

・あらゆる形式で(映画、ドラマ、舞台、ゲーム、グッズ・・・)

という範囲を当然のように求められたが、

そう簡単に全部渡してしまうわけにはいかない。

「権利」は「義務」ではない。

相手に権利を渡したのに実現してもらえなければ、

作品が塩漬けになってしまうだけだ。

必死で交渉をがんばり

・全世界で

・1年半(ただしゴールドスタイン氏が1回延長できる)

・英語とスペイン語での制作

・実写映画化とその映画の全面的な利用

という範囲で合意することができた。

 

「この作品の権利は間違いなく芸漫社のものです」と

相手が納得できる証拠文書(COT)を求められたので、

早め早めに準備を進め、一通り提出し、納得してもらえた。

(そのことを契約書に書き込んだ)

 

手付金(オプション契約料)は300万円。

もし映画化がGOになり、本契約を結ぶことになれば

追加で2700万円。

本当はもっと欲しかったが、「契約を成立させたい!」という

こちらの本心は見透かされている。

今回はこの辺で手を打つことにした。

 

交渉には1年かかったが、

お互いなんとか納得できる内容に仕上がった。

角野君が(夢の中の)失敗に学んだおかげだ。

 

更なる契約へ

今度はゴールドスタイン氏が頑張る番だ。

彼はあらゆるコネを使って面白い脚本を作り、

魅力的で実現可能性の高いキャスト候補のリストを作り上げ、

メジャースタジオに売り込み続けた。

 

それから2年。

大手の「ワーナー・シスターズ」からGOが出た!

 

早速ゴールドスタイン氏から角野君に連絡が入る。

 

「ミスター角野、喜んでほしい。

 ワーナーがOKを出した。

 まだ色々と詰めるべきことは多いが、

 実現の可能性は非常に高い。

 ただし、一つ条件がある。

 私と芸漫社で結んだ契約内容にワーナーが満足していないんだ。

 ワーナーの条件であらためて契約を締結してほしい」

 

ワーナーが提示してきた契約条件は、一段と厳しいものだった。

 

彼と1年かけた交渉は一体何だったんだ・・・

また1からやり直さないといけないのか・・・

心が折れそうになりながらも、

角野君はもう一度奮起し、全ての交渉をやり通した。

 

それから更に3年・・。

山あり谷ありだったが、

正式な本契約(green lighting)の締結まで辿りつくことができた。

長かった・・・。

 

制作過程で

それからまた1年。

なかなか「撮影開始!」というニュースは聞こえて来ない。

脚本の制作や俳優・監督のブッキングが難航しているらしい。

 

それでも脚本は徐々に完成に近づきつつあるようだ。

たまには角野君にも途中段階の脚本が送られてくる。

原作からはかなりアレンジされているが、

本質的な部分は変えられていない。

作家の細見先生も「この程度なら良いですよ」と納得してくれている。

 

しかし、雲行きがあやしくなってきた。

脚本のテイストが急に変わり始めたのだ。

 

『電脳ウォーズ・ヒロシ』は、

80年代のゲームブームを背景に生まれたマンガだ。

普通の高校生・ヒロシが、

ゲームバトルを通じて個性的な仲間を増やしていく。

必殺技は「連打ハリケーン」だ。

幼なじみのガールフレンド・ミナミちゃんとの恋愛模様

作品のアクセントになっている。

物語の後半では、電脳世界の帝王・デスベーダ―が、

ゲームを通じて全国の子供たちを洗脳し世界征服を企む。

ヒロシは仲間とともにデスベーダ―に立ち向かう。

そんなお話だ。

「普通の子でも、夢中になれものを見つけたら、

 大好きな仲間ができる。

 世界を変えることだってできる!」

細見先生のそんな前向きなメッセージが込められている。

 

しかしハリウッドの最新脚本では全く違うものに変えられていた。

 

まず、ヒロシの設定が違う。

中国のカンフーマスターの息子ということになっている。

特別なカンフーの才能を活かしたゲームテクニックで、

悪と戦うスーパーヒーローだ。

ガールフレンドのミナミちゃんは、人間ですらない。

バーチャル空間で生きているAIの芸者さんだ。

ヒロシはAIミナミに恋をするが、実はこれは悪の帝国の罠だった。

ミナミに脳をのっとられたヒロシは自我の崩壊に苦しむ。

そして、さらに衝撃的な真実が。

悪の帝国を陰で操っていたのは、

北朝鮮で行方不明になってたヒロシの父親だったのだ。

さまざまな裏切り、どんでん返しを繰り返しながら、

クライマックスでは、力に目覚めたヒロシが

「Renda Hurricane!」とシャウトして敵をやっつける。

こんなストーリーになっていた。

 

これはひどい

最近の流行りを集めてきて、継ぎはぎしただけの安っぽい内容だ。

表面的な部分では似ているが、

もはや『電脳ウォーズ・ヒロシ』ではない。

 

いつもは温厚な細見先生も

「これは許せない!

 これでは作品のメッセージが伝わらない!」

と激怒している。

 

角野君からハリウッドに

「大切な部分は変えないでくれ」

と要望したが、こんな返事がかえってきた。

 

「新しく就任する予定のマイケル・ポイ監督の意向が

 強く働いたため、大きく変更することになりました。

 脚本の決定権は我々にあります。

 修正には応じられません」

 

そんな・・・!

 

悲劇再び

それから3年後、ハリウッド映画『電脳ウォーズ・ヒロシ』が

全世界で公開された。

 

日本の原作ファンからの評判は散々なものだった。

「こんなもの見たくなかった!原作レイプだ!」

 

原作を知らない世界中の映画ファンの評価も低かった。

「イマイチね。この作品、大したことないわ」

 

細見先生の周囲の人からはため息がもれた。

「なんでこんな作品にOK出したんだ。

 細見さんも金に目がくらんだのかな」

 

興行的にも大コケした。

 

多少のライセンス料は入ってきたものの、

失ったものも大きかった。

 

細見先生に映画化の話が来ることは二度となかった。

 

会社にいづらくなった角野君は、退社することを選んだ。

悲劇は避けられなかったのだ。

 

角野君はお酒に逃げ、毎晩酔っ払って眠るようになった。

これが夢であることを願って・・・

 

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最近では少しずつ減りつつあるが、

原作レイプ」は起きやすい悲劇のパターンだ。

 

日本では「原作者が大切にされて当たり前」という文化があるが、

ハリウッド相手にその常識は通用しないようだ。

巨額の製作費を投じる以上、

原作者の個人的なこだわりに左右されるのは大きなリスクになるからだ。

彼等との契約の壁は高くて厚い。

 

次回は、再び夢から目覚めた角野君が「原作レイプ」を防ぐために

奮闘する姿と、それ以外の悲劇のパターンを見てみよう。

 

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今回の記事は、経験豊富で百戦錬磨の福井健策弁護士のセミナー

「日本原作の海外ライセンス攻略法 対ハリウッド契約を中心に」

を大いに参考にさせていただき書いものです。

深く感謝申し上げます。

 

 

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