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あなたの作品がハリウッドで映画化!?~悲劇の契約~(1)

『名探偵ピカチュウ』、『ゴジラ』、『アリータ』など、

日本原作のハリウッド大作に注目が集まっている。

 

子供の頃に日本の作品に夢中になっていた世代のアメリカ人が成長し、

映画プロデューサーとしての権限を持つようになり

「大好きだったのマンガを俺の力で映画にしたい」

と思うようになったのだ。

 

この流れは当面のあいだ続くだろう。

 

映像化するにあたっては、当然契約書を結ぶことになる。

 

契約で起こりがちな悲劇を、

いくつかのパターンで紹介したい。

 

ハリウッドから連絡が!!

角野君は中堅の出版社・芸漫社に勤めている。

大手ではないが、マンガ雑誌を毎月出版している会社だ。

1980年代にはいくつかの大ヒットマンガを世に出したこともあり、

一部のファンからは今でも支持を得ている。

 

角野君は法務部門を担当している。

マンガ作家さんとの契約書や、

キャラクターの商品化ライセンスなどの責任者だ。

 

ある日、編集部の同期・花田君から電話がかかってきた。

声がうわずっている。

 

「お、お、おい、角野。

 至急調べてほしいことがあるんだ。

 80年代にヒットした『電脳ウォーズ・ヒロシ』ってマンガが

 あっただろ?

 作家の細見先生との契約を見てくれ。

 マンガの権利はどうなってる?」

 

「調べてみるけど・・・何かあったの?」

 

「それがな!

 ハリウッドのプロデューサーから連絡があったんだ。

 『電脳ウォーズ・ヒロシ』を映画にしたいって!!」

 

これは大きな話になりそうだ。

早速、細見先生との契約書を確認する。

 

「花田君、大丈夫だよ。

 作品の著作権は先生が持っているけど、

 「専属契約」になっているから、

 我が社が窓口になってハリウッドと交渉できるよ」

 

「そうか!良かった!

 さっそく細見先生に伝えるぞ!

 最近ヒット作に恵まれずに苦労してたから、喜ぶだろうな~」

 

それから5分後、担当役員の郷田さんから電話がかかってきた。

現場には全然顔を出さない人だ。

 

「聞いたよ!

 ハリウッドで映画化だって?

 良かったな~。

 業績が低迷していた我が社にとって、起死回生の事業になる!

 しっかりと契約をまとめてくれたまえ!」

 

小さな会社なので噂が回るのも速い。

その日のうちに、❝全社員が知っている極秘プロジェクト❞になった。

 

契約書案が来る

マンガ家の細見先生は大喜びだったようだ。

 

「『電脳ウォーズ・ヒロシ』は私の代表作です!

 ぜひとも映画化を進めてください!」

 

プロジェクトにGOが出された。

ハリウッドとの交渉窓口は法務の角野君がやることになった。

 

「前向きに進めたい」と

ハリウッドのゴールドマン氏に伝えたところ、

「まずは契約を締結したい」と契約書がPDFで送られてきた。

もちろん英語だ。

 

幸い角野君は英語が使える。

顧問弁護士とも相談しながら、内容をチェックした。

 

その内容は・・・・非常に厳しいものだった。

 

・作品の著作権のライセンスを全面的かつ独占的に相手に与える。

・映画の内容に関する決定権は相手にある。

・映画が完成して公開されるまではライセンス料は発生しない。

 などなど。

 

あらゆる面でゴールドマン氏に有利なように書いてある。

こんな契約を結んでしまって、本当にいいのか・・・。

 

編集部と打ち合わせをすることにした。

 

「花田君、これは慎重になった方がいいよ。

 めちゃくちゃ不利な契約になってるんだ。

 じっくり腰をすえて条件交渉するべきだと思う。

 もしどうしても折り合えなければ、この話は見送ろう」

 

「え!?

 冗談いうなよ!

 細見先生とは、もうお祝いパーティーまでしちゃったんだぞ!

 今さら無かった話になんか出来るわけないだろ!

 硬いこと言わずに、柔軟にやってくれよ!」

 

孤立

編集部のサポートを得られなかった角野君の孤独な戦いが始まった。

 

契約内容について、どうしても譲れないポイントだけを決め、

重点的に交渉する方針だ。

 

契約書案に直接手を加えたいが、PDFなので編集できない。

仕方ないのでメールでこちらの希望する内容を伝えることにした。

 

2週間後ゴールドマン氏から返事が来る。

 

「これが標準契約なので、変更することは出来ない。

 理解してほしい。

 私はトム・クルーズとの間にコネクションがある。

 彼にこの作品の企画書を送ったが、悪くない反応だった」

 

この話を花田君に伝えたところ、彼の鼻息はますます荒くなった。

 

「すごい話じゃないか!

 ハリウッド映画化すれば、細見先生の名前は世界中に知れ渡るんだぞ!

 そうすれば、これ以外の作品でも大きなビジネスができるじゃないか!

 そのときになって条件を吊り上げればいいさ。

 今回は条件にこだわるべきじゃないだろう!

 契約成立を最優先にしてくれ!」

 

「いや、、でも・・・・」

 

「せっかくの良い話を、細かいことにこだわって潰す気か!」

 

気が付けば、角野君は社内中から白い目で見られるようになっていた。

「あいつがうるさいこと言って、邪魔している」

と陰口をたたかれるようになった。

 

決着

周りから聞こえてくる悪口に心が折れそうになりながらも、

角野君は粘り強く交渉を続けた。

大事なところはなかなか変えてもらえないが、

いくつかの点では改善してもらうことができた。

例えば「映画が完成して公開されるまではライセンス料は発生しない」

となっていた条件を変更し、

「手付金(オプション契約料)として100万円支払う」

とすることが出来た。

 

この調子で続けていれば、最低限は納得できるところまで

たどり着けるかもしれない・・・

 

そんな見通しが見えてきた頃に、

担当役員の郷田さんから呼び出しを受けた。

 

「ちょっと今から役員会議室へ来てくれたまえ」

 

行ってみると、郷田さんと花田君が待ち構えていた。

 

「角野君、ここへ座りたまえ。

 ハリウッドから話をもらってもう半年だぞ。

 いったいどうなってるんだ。

 役員会議でもせっつかれてるんだ。

 とにかく早くしてくれ。

 聞くところによると、先方とモメてるらしいな。

 そんなことをして相手を怒らせてしまったらどうするんだ。

 君には契約をしっかりと進めてもらうように言ったはずだぞ」

 

「でも・・・お言葉ですが郷田さん、

 契約内容が非常に不利になっているんです。

 作品と作家さんを大切に思うのなら、

 簡単に譲ってはいけないと思うんです。

 具体的にはこの点が問題なんです」

 

と、契約の問題点を説明する角野君。

一通り聞き終わった郷田さんはこう言った。

 

「君の言い分はわかった。

 でもな、角野君。

 ゴールドマンさんだって人間だ。

 契約書に書いてある通りにはしないだろう。

 『電脳ウォーズ・ヒロシ』をリスペクトしてくれているんだから、

 契約書を結んだあとでも、こちらからお願いすれば

 柔軟に対応してくれるはずだ。

 それにな、細見先生は若い頃に私が担当していたことがあるんだよ。

 何とか良い思いをさせてあげたいんだ。

 わかるだろう?

 そうだ花田君、例のものを見せてやってくれたまえ」

 

花田君は1枚の紙を手渡す。

細見先生直筆の手紙だ。

そこにはこう書かれてあった。

 

「ハリウッド映画化は、長年の私の夢でした。

 条件は全く気にしません。

 とにかく契約を成立させてください。

 小学3年生の息子に「お父さんの映画だぞ」と見せてあげたいんです。

 お願いします」

 

最後に郷田さんは言い放った。

 

「今の条件でOKだと先方に伝えなさい。

 これは決定事項だ!」

 

こうして、芸漫社とゴールドマン氏の契約は締結された。

 

悲劇

契約が成立し、関係者一同大喜びだ。

 

「ヒロシ役は誰がするんだろう?トム・クルーズかな?」

「監督はマイケル・ベイって話もあるらしいよ」

「大ヒットしたら何億円と儲かるんじゃないか?

 細見先生も大金持ちだな」

 

・・・・それから3年がたった。

 

一向に映画化が進んでいるという話は聞こえてこない。

 

ゴールドマン氏はメジャースタジオへの企画の売り込みに

苦労しているらしい。

後で分かったのだが、

トム・クルーズとも単にパーティで会ったことがあるだけだった。

コネや実績もたいして無い人だったのだ。

 

角野君から「その後どうなってます?」と問い合わせても、

「頑張っている。見通しは悪くない」と返事があるばかり。

 

手付金(オプション契約料)の100万円も振り込まれていない。

支払いには条件があったからだ。

「この作品の権利は間違いなく芸漫社のものです」と

ゴールドマン氏が納得できる証拠文書を提出しない限りは

支払いはしなくて良いことになっているのだ。

細見先生との「専属契約」は証拠として出したのだが、

彼はそれだけでは満足しなかった。

30年前に作品をアニメ化した制作会社から

「我が社は何も文句を言いません」という誓約書が欲しいという。

でもそのアニメ社は潰れてしまっている。

今では誰が会社の権利を承継しているのかも分からない。

これではゴールドマン氏から1銭も受け取ることはできない・・

 

・・さらに3年がたった。

 

フランスで80年代の日本マンガのリバイバルブームが起きた。

好評だった映画『シティーハンター』の影響らしい。

 

フランスの大手テレビ局のプロデューサーから電話がかかってくる。

「『電脳ウォーズ・ヒロシ』をシリーズドラマ化したい。

 社内の決済は通っているので、

 そちらがOKならすぐにでも制作に取りかかりたい。

 ゲーム化などの商品化も見据えている。」

 

非常に良い話だ。

製作費を握っているプロデューサーからの話なので、

実現する可能性は極めて高い。

是非とも進めてほしい。

 

でも!!

無理なのだ。

 

『電脳ウォーズ・ヒロシ』の映像化権は、

ゴールドマン氏に独占的にライセンスされてしまっている。

他の人にライセンスを出すことは出来ない。

映像化権だけではない。

商品化権も押さえられてしまっているので、

ゲームなんか出せるはずが無い。

 

ゴールドマン氏に相談してみたが、

「これは私の正当な権利だ。譲る気はない。

 どうしてもと言うなら、1億円で買い戻してほしい」

と言われ、全く交渉にならない。

役員の郷田さんが期待した柔軟な対応をする気は一切ないようだ。

 

残念だ・・・。

 

他にも国内の会社などから色々と声掛けがあるが、

全てを断ることになってしまった。

『電脳ウォーズ・ヒロシ』の人気が復活するかもしれないチャンスは、

全て失われた。

 

・・さらに3年がたった。

 

いまだにハリウッド映画が実現しそうな気配はない。

 

いい加減、ゴールドマン氏との契約をやめてしまいたい!

 

しかし、契約期間はゴールドマン氏の判断で

複数回延長できることになっている。

一度手に入れた権利をタダで手放す理由はない。

芸漫社の都合で契約を終わらせることはできない。

彼は使える延長回数を全て使って、映画化のチャンスを狙い続けた。

 

・・さらに3年がたった。

 

やっと契約が切れた。

映画化は実現しなかった。

 

細見先生の夢はかなわなかった。

自分の代表作を全く活用できず、貧乏になった。

先生の息子は成人し親元を離れてしまった。

 

芸漫社は、大変な手間をかけて契約関係の作業をしたのに、

1銭も儲けることができなかった。

それどころが、契約が無ければ他から入ってきたはずのライセンス料を

失った。

角野君は会社に居づらくなり、退社してしまった。

 

完全に無駄で有害な12年間になってしまった。

これは悲劇だ。

 

教訓

こんな悲劇は本当にありえる。

 

私自身は、アメリカの巨大コンテンツ企業との交渉に

関わったことは1度しかないが、(すごく苦労した!)

日本企業の内部でどんな意思決定がされているかは分かる。

上記のような話は、ありがちなパターンなのだ。

 

ハリウッドと最初の契約(オプション契約等)を結べたとしても、

映画が製作され、公開までこぎつけられるのは、

1パーセントしかないというデータもあるらしい。

 

たった1パーセントの可能性と引き換えに、

作品の未来を全て奪うことにもなりかねないのだ。

 

契約内容にはこだわろう。

契約しない方がいい場合もある。

相手の能力を見極めよう。

相手の善意に期待するのはよそう。

交渉にも映画実現にも時間がかかることを覚悟しよう。

相手がハリウッドであっても浮足立だず、

地に足をつけよう。

 

 

次回は、また別パターンの悲劇を見てみよう。

いわゆる「原作レイプ」というやつだ。

 

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今回の記事は、経験豊富で百戦錬磨の福井健策弁護士のセミナー

「日本原作の海外ライセンス攻略法 対ハリウッド契約を中心に」

を大いに参考にさせていただき書いものです。

深く感謝申し上げます。

 

 

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