新時代を迎えました。
令和の世では、
これまで以上に素晴らしく多様な文化作品が生まれることを願っています。
読者の皆様、今後ともよろしくお願いいたします。
場合分け
前回に引き続き、契約書との向き合い方について考えてみよう。
ここからは先は、場合分けをしながら検討したい。
クリエイターが企業と契約を交わす場合、大きく分けて2つの場合がある。
「新規で発注を受けた場合」と
「すでにある作品を使わせる場合」だ。
今回は「新規で発注を受けた場合」のポイントを解説する。
意識するべきなのは「思いがけないことは、起きる」ということだ。
新規発注
ある日、あなたの評判を聞きつけた企業(仮にアベン社としておこう)から
作品制作の依頼がくる。
「わが社のイメージキャラクターを作ってほしい」
「商品キャンペーンのテーマソングを作詞・作曲してほしい」
「ホームページのデザインをしてほしい」
あなたはしっかりした人なので、事前に条件を確認する。
作るべき作品の内容・分量は?
発注金額は?
納期は?
作品の著作権は「許諾」ではなく「譲渡」だという。
まあ、これはアベン社のために作るオーダーメイドの作品なので、
著作権が「譲渡」になることには納得できる。
それ以外の条件は良い内容だったの引き受けることにした。
それから数日後、作品の制作に取り掛かったあなたに
契約書が送られてくる。
あなたはしっかりした人なので、
契約書を読む前に自分の心のうちに聞いてみる。
「今回の作品について、大切なことや譲れないことは何だろう?」
自分なりに答えが見つかったところで、契約書を読み込む。
分からない部分は、アベン社の担当者に質問してみたり、
知り合いの弁護士に相談したりして理解を進める。
大事な部分は具体的な書き方に修正したりもする。
ようやく内容について合意できたところで、
契約書にサインする。
作品も無事完成する。
我ながら良い出来だ。
納期にも間に合った。
ちゃんとお金も支払ってもらえた。
アベン社の評価も高い。
良かった。良かった。
ところが、思いがけないことが起きる。
アベン社の商品のターゲットは50代以上のおじさんだ。
それなのに、女子高生があなたの作品にふれて
「おもしろい!」「かわいい!」
と騒ぎ出したのだ。
SNSで一気に拡散し、ちょっとしたブームになってしまう。
こうなるとアベン社もチャンスを逃さず素早く動く。
あなたの作品を使った女子高生向けのグッズを発売し大ヒットさせる。
作品を少し変えた別バージョンを次々と発表し、
長期的なシリーズに育てていく。
ハリウッド映画からもお声がかかっているらしい。
あなたの作品はアベン社の利益を生み出すドル箱となった・・。
夢のある想定だが、もしこんな大ヒットに恵まれた場合、
あなたが成功者になるかどうかを分けるのは、
あなたがサインした契約書の内容かもしれない。
思いがけないこと
新規で発注をうけて作品をつくる場合、
使われる目的がはっきりしていることが多い。
「〇月〇日に発売する商品のパッケージです」
「〇〇のキャンペーンで2週間流す映像です」など。
当然、その目的に焦点をあてて契約することになる。
別の言い方をすると、
将来的に発生する想定外の可能性に対して意識が向きづらい。
「視野の狭い」契約書になりやすいということだ。
しかし「思いがけないこと」は、起きる。
上記のように、素晴らしい大ヒットに恵まれるかもしれない。
企業の担当者が異動になって、
話し合っていた計画とは全然違う展開に作品を使われることも有り得る。
軽い気持ちで制作したつもりだったのに、自分でも気づかないうちに
作品への深い愛着が生まれることだってあるだろう。
思いがけないことが起きたときは、
必ずといっていいほど揉め事が生まれる。
ひこにゃん事件
典型的な事例が「ひこにゃん事件」だ。
かなり話題になった事件なのでご存じの方も多いと思う。
彦根城の400年祭の実行員会から
マスコットキャラクター制作の依頼(公募)を受けた
デザイナーのもへろん氏が、3パターンのイラストを描いた。
こうして生まれたのが「ひこにゃん」だ。
見た目の「ゆるさ」が人気を呼び、日本全国にファンが生まれた。
「ゆるキャラブーム」の火付け役となった。
地方イベントのキャラクターが、こんな人気者になるなんて!
実行員会にとってもデザイナーにとっても「思いがけないこと」となった。
ファンや企業から沢山の要望があつまった。
「ひこにゃんグッズがほしい!」
「ひこにゃんグッズを作りたい!」
これに応え、実行員会や彦根市は
別バージョンのデザインやぬいぐるみ等の関連グッズの制作を許可した。
手元には上記3パターンのイラストしかなかったので、
後ろから見たひこにゃんの姿を想像し、シッポがあることにした。
グッズは400年祭以外の場でもよく売れた。
地元の近江牛の宣伝のために「お肉が好物」という設定にした。
しかし、デザイナーは怒った。
「400年祭以外のためにひこにゃんを使うなんて!」
「俺のひこにゃんに勝手にシッポを付けやがって!」
「俺のひこにゃんに勝手に「お肉が好物」なんて性格付けしやがって!」
こうして裁判になってしまったのだ。
この事件、著作権的に見ても色々な論点があるのだが、
一番の問題は「思いがけないこと」を想定できていなかったことだ。
契約書は結ばれていた。
「著作権は譲渡」とちゃんと書かれていた。
それでも揉めてしまった。
思いがけず、大ヒットしてしまったからだ。
大ヒットすると、契約時点では思いもしなかったような作品展開が発生する。
たくさんのグッズが作られ、売れる。
デザイナーの心中は複雑だ。
契約書を交わしたときには「著作権譲渡でいいや」と思っていたとしても、
後になって、惜しいことをしたような気持ちになる。
思いがけず、作品への愛着が大きくなる。
裁判に訴えてでも「ひこにゃんは俺のものだ!」と叫びたくなる。
この事件、紆余曲折があった末に和解が成立し、
ひこにゃんが引退に追い込まれる事態は避けることができた。
しかし、そもそもこんな不毛な裁判をする必要はなかった。
はじめから「もしも、ひこにゃんが大ヒットしたら?」ということを想定して
契約書を結んでいれば良かったのだ。
教訓
思いがけないことは、起きる。
妄想をふくらませよう。
できるだけ、色んな可能性を考えよう。
もちろん、全てのことをあらかじめ予想することは不可能だ。
しかし、典型的な「思いがけないこと」を想定して契約書に書いておき、
備えることはできる。
(そもそも契約書を作る目的は、色んな事態に備えること。)
典型的なものとしては、上記でふれたようなことが挙げられる。
・思いがけないヒット
・思いがけない使われ方
・思いがけない愛着
もしこんなことが起きたら、それでも自分は納得できるのか?
自分の心に聞いてみよう。
条件案
企業から新規で発注を受ける場合、
一般的には「著作権譲渡」になることが多いだろう。
(業界や作品のジャンルによって傾向が違い、
一概には言えないが、あくまで一般論)
著作権を譲渡したとしても、
作品について一切口出しできなくなるわけではない。
色んな条件を付け加えることは出来る。
以下、検討に値する条件の例を挙げておこう。
・成功報酬
もし作品がヒットして商品が5000個を超えて製造された場合、
「成功報酬」として5001個目の商品から追加で印税が発生する。
1個あたり〇円の印税をアベン社からあなたに支払う。
・優先権
アベン社があなたの作品の別バージョン・別パターン・続編・関連作品を
欲しくなった場合、まずはあなたに優先的に発注をしないといけない。
アベン社の取引先にも同じ条件を適用させないといけない。
(「優先的に」という言葉は、かなりアバウトな言葉なので、
本当はもっと細かく条件を設定した方が良いが、
とりあえず「優先的に」と書いておくだけでも、あなたの扱いは変わる)
・クリエイターの宣伝目的利用
あなたのキャリアを紹介するための作品集(ポートフォリオ。印刷物やウェブ媒体など)に掲載したり、
あなたのブログで紹介したりするなど、
あなたが自分を宣伝するためなら、作品を自由に利用することができる。
上記以外でも、前回の記事に書いたように
「〇〇の権利だけは、あなたが持つ」
「もしリリースされなければ、権利が戻ってくる」
「勝手に改変できるのは、〇〇の場合だけ」
などの条件を求めてみるのも良いだろう。
もちろん、これ以外にも色んな可能性が考えられる。
自分にとって一番大切なことを基準にしながら、
あの手この手で工夫してみよう。
契約書が無いとき
ここまでは契約書の中身について書いてきたが、
基本的なことにも触れておこう。
そもそも契約書が無かったら?
「すでにある作品を使わせる場合」なら、
ちゃんと契約書を交わすケースが多いだろう。
でも「新規で発注を受けた場合」であれば、
作品のデータを相手に納入し支払いを受ければ、
それで「おしまい」になりがちだ。
契約書が交わされないことも非常に多い。
こんな場合でも、思いがけないことは起きる。
契約書が無いせいで「言った言わない」の話になり、
揉めることになってしまう。
本当に裁判に発展したときには、
契約書が無いことはクリエイターにとって有利に働く。
「契約書がないのなら、著作権はクリエイターのものです」と
裁判所は判断しがちだからだ。
しかし現実には本当に裁判にまで行くことは少ない。
当事者同士の話し合いで解決されることの方が多い。
話し合いになれば、力関係がものを言う。
立場の弱い方が相手に譲ることになってしまうだろう。
もしあなたが弱い立場にいるのなら、揉める前に条件を決めておいた方がいい。
契約書が無いのなら「契約書を作りませんか?」と言おう。
契約書を作ることを嫌がられそうな場合にはこう言ってみよう。
「契約書となると大げさなので、覚書にしておきませんか?」
タイトルが「契約書」でも「覚書」でも実質的には何も変わらないのだが、
案外この言い方でコロリとOKになることもある。
契約書を作る流れにならなかったとしても、
こちらの希望する条件を記録に残る形で示しておこう。
例えば見積書を提出するときの「備考欄」などに
著作権の扱いについて書いておこう。
相手から発注書をもらったら、
著作権についてどう書かれているかチェックしよう。
こちらの希望と違っていたら、メールなどで要望を伝えよう。
これらの記録が残っているだけで、
「思いがけないこと」が起きたときの交渉がずいぶん楽になるはずだ。
まとめ
今回は「新規で発注を受けた場合」に
クリエイターが契約書を交わす場合のポイントについて解説した。
まとめると以下のようになる。
・目的が明確なぶん、視野が狭くなりやすいことを意識する。
・思いがけないことを沢山思い浮かべる。
・思いがけないことが起きたときに、
どういう条件なら自分が納得できるか?
を考え、契約条件に反映させる。
・契約書を作れなかったとしても、条件を記録して残しておく。
次にあなたの元に制作依頼が来たら、
このことを思い出して契約に取り組んでほしい。
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次回は「すでにある作品を使わせる場合」などについて説明したい。
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