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タレントの写真を本人に無断で使って良いのか? 肖像権の深淵に挑む(1)

自分の好きなタレントの顔写真を、

タレント本人(もしくは所属事務所)の許可なく勝手に使った場合、

問題はあるのだろうか?

 

今回はこの疑問に答えたい。

 

ファンがブログで使う場合

ヤマダ君という人物を想像してほしい。

彼は女優・有村架純さんの大ファンだ。

それはもう、好きで好きでたまらない。

もちろん出演作品は、ドラマも映画もCMも全てみている。

彼女の明るい笑顔。

ときおり見せる憂いのある表情。

成長とともに微妙に変化する顔立ち。

語り出したら止まらない。

ロイヤルホストローズヒップティーを飲みながら

友人と何時間でも語り合っていられる。

 

そうだ。

有村さんへの思いを文章で表現しよう。

それをブログにアップしよう。

僕なら誰よりも熱く専門的に掘り下げた記事が書けるはずだ。

ブログタイトルは「Mr.ヤマダのカスミウォッチ!」に決定だ。

 

いざ書き始めてみると止まらない。

彼女への思いがあふれてくる。

気がつくと1万字を超える大論文になっていた。

でも、困ったことに気付く。

彼女の顔立ちや表情について詳しく分析・解説してる以上は、

彼女の写真がどうしても必要だ。

そうしないと分かりやすく説得力のある記事にならない。

ドラマ「あまちゃん」のシーン写真を使いたい!

「お~いお茶」のCMのポスター画像を使いたい!

「このときの彼女の笑顔は、〇〇に出演したときと比べて

 より内面の明るさが発揮されていて・・・」

とか写真をつかって評論したい!!

 

写真のデータはネット上で収集していたので、すでに持っている。

でも、これを使っても大丈夫なんだろうか?

彼女はタレントさんだから「肖像権」というものがある。

そう誰かに聞いたことがある。

やっぱり彼女の許可がないと写真は使えないのだろうか?

困ったぞ。

彼女の連絡先なんて知るわけがないし・・

 

思い切って彼女の所属事務所に電話してみた!

きっと怪しがられると思っていたら、丁寧に対応してくれた。

 

「あの・・有村架純さんの大ファンなんですが、

 彼女の演技や表情について分析したブログを書いています。

 すっごく良い記事が書けました!

 有村さんにも読んでほしいです!

 つきましては「あまちゃん」や「お~いお茶」の写真が

 どうしても使いたいんです。

 使用の許可をいただけないでしょうか!?」

 

「弊社の有村をいつも応援いただき、大変ありがとうございます。

 残念ながらタレントには肖像権というものがございまして、

 一般の方には許可を出せないことになっております。

 申し訳ございませんが、使用は諦めてください」

 

「(がーーん)やっぱりそうですか・・」

 

「ちなみに有村架純の公式ファンクラブがあることはご存知ですか?

 ご入会いただけると会員限定の写真やメッセージが手に入るんですよ。

 入会費は・・・」

 

「あ、ファンクラブにはもう入っているんで大丈夫です・・

 失礼しました・・・」

 

電話を切ったヤマダ君はガックリとうなだれてしまう。

「有村さん(の事務所)に断られた・・」

まるで失恋したような気分だ・・・ しゅん。

 

きっとこんな流れになるだろう。

(有村さんにファンクラブがあるかどうかは確認していないので、

 会話の後半は私の空想です。すみません)

 

結局のところ有村さんの顔は、

「肖像権」があるから使えないのだろうか?

 

そんなことはない。

上記のケースなら、有村さんや所属事務所の許可は必要ない。

 

肖像権のあいまいさ

有名なわりにはちゃんと理解されていない「肖像権」について、

まずは簡単に解説しよう。

 

「肖像権」は、非常にあいまいで❝ふわっ❞とした権利だ。

まず最初に、このことをしっかり理解しよう。

 

著作権とは全然ちがう。

著作権の場合、「著作権法」というちゃんとした法律がある。

著作権は何に発生するのか?

著作権は誰がもつのか?

著作権はどういうときに働くのか?

著作権はいつ切れるのか?

そういったことが、法律に明確に書いてある。 

だから、誰でもルールが分かる。

 

プロ野球のゲームのようなもので、

「3ストライクで1アウトになる。3アウトで攻守交替になる」と

 選手も監督も審判もみんなが分かっている。

たまに審判の判断について文句を言う人もいるが、

ルールそのものについては、みんなの認識は一致している。

 

 これに対し、肖像権についてはちゃんとした法律がない。

「肖像権法」なんてものは、どこにも存在しない。

だから、誰が肖像権を持ち、どういうときに働くのか、

明確なルールが確立していない。

肖像権について争われた過去の裁判を参考にしながら

「きっとこういうルールなんだろう」と

推測しながらやっていくしかないのだ。

 

ボールとバットを与えられた子供たちが、

公園で自由に遊んでいるようなものだ。

「2回空振りしたら交代しろよ!」

「いや、4回まではいいんだよ!」

「あの壁にあたったらホームランな!」

みんなが好き勝手にルールを言い合う。

そのうち、徐々に声の大きな子の言うルールが

「公式ルール」になっていく・・

 

もちろん裁判の事例は少しずつ積み重ねられているので、

ある程度のルールの輪郭は見えるようになってきている。

それでも、まだまだあいまいな部分、「グレーゾーン」は多い。

 

法律の専門家も、歯切れの悪い説明しかできないことが多い。

「〇〇の可能性が高い」とか、

「〇〇だと思われるが、裁判で結論を出さないと確かなことは言えない」

とか、そんな言い方になってしまう。

グレーゾーンがいっぱいあるんだから仕方ない。

 

グレーゾーンでは声の大きい人の意見が通りやすい。

タレントの所属事務所が

「タレントには肖像権があります!我々の許可なく使えません!」

と自信ありげに断言するのは、そいういうわけだ。

とりあえず大きな声で主張すると有利なのだ。

 

肖像権とパブリシティ権

ここまでは「肖像権」と一言で済ませてきたが、

厳密に言うと「肖像権」という言葉には、

種類の違う2つの権利が含まれている。

 

それが「肖像権」と「パブリシティ権」だ。

 

「肖像権」という言葉に「肖像権」が含まれるという時点で

分かりにくいが、そもそもあいまいな権利なんだから仕方ない。

 

2つの権利を1つずつ簡単に解説しよう。

 

肖像権とは

まず「肖像権」とは何か?

 

「自分の姿を勝手に撮影されること、

 撮影されたものを公表されることについて

 「イヤだ!ダメだ!」と言える権利」

 

一般的にはこう説明されている。

 

「あなたの顔」は「あなたの人格」とは切っても切り離せない。

あなたの友人があなたを思い浮かべるときには

必ずその顔を頭の中にイメージさせている。

あなた自身も、自分の❝中身❞つまり「アイデンティティ」と

自分の顔を結び付けて考えている。

だから、自意識に目覚める思春期には、誰もが自分の容姿を気にする。

(それを逆手にとって楽しめるのが、

 ネット上であなた自身を表現する「アバター」や「アイコン」だ)

 

人格とつながっているあなたの顔は、

ひとつの「人権」として守られるべきだ。

他人に好き勝手に扱われていいはずがない。

 

こんな考え方がベースになっている。

だから、「肖像権」は人間なら誰もが持つことになっている。

 

パブリシティ権

パブリシティ権」とはどういう権利だろう?

 

「❝タレントパワー❞を商売目的で人に勝手に使わせない権利」

と理解すれば良い。

 

人気のある俳優、アイドル、タレント、スポーツ選手等には、

タレントパワーがある。

彼らがCMに出ていると、ついつい見てしまう。

おススメの商品に興味が湧いてしまう。

彼らの顔写真を商品に使ったら、思わず買ってしまうファンだって多い。

これがタレントパワーだ。

(「顧客吸引力」と呼ぶ人もいる)

 

世の中には、他人のタレントパワーにタダ乗りしようとする人もいる。

ジャニーズタレントの写真をプリントしたグッズを売って儲ける人。

大坂なおみ選手もおススメです」と広告して売上を伸ばす人。

 

こんなことを勝手にやられてしまうと、

彼らが長年の努力で手に入れた名声が不当に「搾取」されている感じがする。

さすがにこれはマズい。ということで、

パブリシティ権」が認められるようになった。

タレントパワーを本人に無断で商売目的に使ってはいけない。

 

「肖像権」は全ての人間が持っている権利だが、

パブリシティ権」は人気のある有名人にしか発生しない権利だ。

タレントパワーを持っていることが前提になっている権利だから

当然そうなる。

 

ヤマダ君と有村さんの場合

ヤマダ君と有村さんのケースに戻ろう。

 

有村架純さんのような有名タレントの場合、

「肖像権」はもちろん、「パブリシティ権」も持つことになる。

だから両方の権利が働いてヤマダ君は写真を使えない!という結論に

なりそうだ。

 

しかし実際にはそうならない。

有名タレントにとっては「2つの権利の両方ともに使いづらい!」

そんなケースもあるのだ。

 

 まず「肖像権」の方だが、

タレントには働かないことが結構ある。

そもそもタレントの仕事は人に撮影されることだ。

そしてその写真や映像を公表されることだ。

「撮影・公表に対して「イヤだ!」と言える権利」が肖像権だが、

「イヤだ!」などと言っていると仕事にならない。

タレントという職業を選んだことと、肖像権を主張することは、

根本的に矛盾しているのだ。

 

仕事をしていないプライベートな時間での写真であれば、

タレントの肖像権が認められるケースも多いが、

仕事として撮影された写真なら、

肖像権を主張するのはかなり厳しい。

 

上記の事例でヤマダ君が使おうとしていたのは、

あまちゃん」「お~いお茶」などの「仕事の場」で撮影された写真だ。

肖像権は主張できないだろう。

 (肖像権の細かい判断基準については次回以降に説明したい)

 

 

それでは「パブリシティ権」ならどうか?

実はこの権利も、かなり使いづらい権利だ。

 

キング・クリムゾン事件」、「ピンクレディー事件」という

有名な2つの裁判があり、

「タレントがパブリシティ権を主張できる範囲は、かなり狭い」

ということが判明してしまったのだ。

詳細は次回以降の記事にゆずるが、大まかにいうと

「モロにタレントパワーに乗っかることが目的じゃない限りは、

 パブリシティ権は働きません」

ということになった。

 

ヤマダ君は、

「女優・有村架純の演技や表情を評論すること」

を目的に記事を執筆している。

評論するためには、彼女の顔が必要なのだ。

決してタレントパワーに乗っかることを

メインの動機にしているわけではない。

 

有村さんはパブリシティ権を主張することもできないだろう。

 

なので、今回のヤマダ君のケースでは、

ブログで彼女の写真を使うにあたって、

有村さんや所属事務所の許可は必要ない。

という結論になる。

 

無名の一般人と有名タレント

こうして見てくると、

「タレントだから肖像権がある」

という考え方は、必ずしも正しいとは言えないことが分かってくる。

 

有名タレントよりも無名の一般人の方が、

肖像権が強く働くことも結構多いのだ。

 

これは、多くの人が理解していることとは逆の結論だと思う。

先に書いた通り、タレント事務所は

「タレントには肖像権があります!」と強く言うことが多い。

グレーゾーンでは声の大きな人が主張する内容が通りやすい。

その主張が多くの人に届き

「ああ、そういうものなんだ」と理解されているのだろう。

 

それ以外の主張

タレントの顔を勝手に使われるのを止めたい所属事務所からは、

肖像権やパブリシティ権以外で攻撃されることも予想される。

 

肖像権やパブリシティ権と「セット」にして主張されやすいものが

いくつかあるので、何点か検討しよう。

 

・「プライバシーの侵害だ!」

肖像権と一緒に主張されることの多いものだが、

上記の事例で使っているのは、あくまでも仕事の場所・公の場で、

彼女自身が「撮影されている」と分かった上で撮られた写真だ。

有村さんの私生活を暴いているわけではない。

プライバシーは全く関係ない。

 

・「名誉が傷つけられた!」

これもよく主張されるものだが、

上記の事例では彼女の名誉をおとしめるような写真は当然つかってない。

文章の内容も彼女を賞賛する内容だ。

ヤマダ君は有村さんの名誉を傷つけるなんてことは決してしない。

(ちなみに、もし批判的なことも書いている場合であっても、

 批判すること自体は悪いことではない。

 健全な批判こそが文化をより高めるからだ。

 よほどひどい悪口を根拠もなく書いていれば話は別だが、

 常識的な範囲の批判なら裁判で負けることにはならないだろう)

 

・「不正競争防止法に違反している!」

有村架純の公式認定ブログ」であると誤解を与えるような

内容やデザインになっていたりしたら、

不正競争防止法にふれる可能性はあるが、

ヤマダ君のブログは、そのようなものではない。

「Mr.ヤマダのカスミウォッチ!」を公式なものとは誰も思わない。

 

というわけで今回のケースでは、

所属事務所からの有効は攻撃材料はないと思う。

 

あれ?著作権は? 

ここまで検討したのは、あくまでも肖像権やパブリシティ権の話だ。

一番忘れてはいけない権利が残っている。

 

そう。写真の「著作権」だ。

 

多くの人はタレントの写真を見たときに、

写っているタレントに目を奪われ「肖像権は・・」とか言ってしまう。

本当に大事なのはそこではない。

肖像権とは違い、明確に確立した権利である「著作権」の方が、

ずっと大きな問題だ。

 

写真には著作権がある。

だから、ブログに写真を使いたかったら

(写っている人ではなく)写真を撮影した人の権利を

クリアしないといけない。

これが基本だ。

 

記事の内容によっては、

「引用」(著作権法32条)というのに当てはまり、

著作権さえも働かないことも有り得る。

ただ、「引用」の判断は専門家でもかなり難しい。

今回は肖像権とパブリシティ権がテーマなのでここでは触れないが、

いずれじっくりとりあげたい。

(本当にまじめに彼女の写真を批評するのなら、

 「引用」になる可能性はけっこう高いと思う)

 

写真を使いたかったら、肖像権を気にするより先に

著作権をクリアしよう。

写真の著作権をもっている人(実際には会社であることが多い)を調べ、

連絡をとり、許可をとろう。

個人のブログに許可を出す会社は多くないと思うが、

的外れの相手(タレント事務所)に許可を求めた挙句に

そもそも権利の無い相手から断られて

ヤマダ君のように「失恋」してしまうよりは、

ずっとマシなプロセスだ。

相手によっては許可をくれるかもしれない。

「写真の著作権の許可は出してもいいですが、

 肖像権についてはあなたの責任で判断してください」

と言われることもあるだろう。

その場合は自分で判断すれば良い。

「あの事務所に許可を必ずとってください。

 それが許可を出す条件です」

とまで言われてしまえば、従うしかない。

写真の著作権をもっている会社も、わざわざグレーゾーンに踏み込んで

「タレントの肖像権は働きませんから大丈夫です!」

なんて太鼓判は押してくれないだろう。

 

ちなみに、事務所に連絡をとって許可をもらおうとした時点で、

「彼女の肖像権かパブリシティ権の存在を認めた」ということに

なってしまう可能性もあるので、連絡するときは慎重にやろう。

 

結局は・・

まとめると、こうだ。

 

・ヤマダ君が有村さんの写った「あまちゃん」「お~いお茶」の写真を

 ブログで使うにあたり、肖像権やパブリシティ権は働かない。

・でも、写真の著作権の許可は必要。

著作権の方は「引用」でクリアできる可能性もあるが、

 判断が難しい。

 

ここまで読むと、

「な~んだ、結局のところ、著作権のせいで写真つかえないじゃん」

となってしまうと思う。

多くの場合はその通りだ。

 

それでも、やはり正しく判断した上で写真の利用を諦めるのなら、

ヤマダ君も納得感が違うと思う。

何だか分からないままに「肖像権」に意識が向いてしまい、

本来の権利者でない人に断られてしまったり、

「なんとなく、うるさそうな気がするらヤメておこう」

となるよりは、ずっといいと思うのだ。

 

次回以降

次回からは、数回に分けて肖像権・パブリシティ権について

考えていこう。

 

今回の例として挙げたケースでは、

タレントの肖像権、パブリシティ権は働かない。と私は判断したが、 

これはあくまでも「今回のヤマダ君の事例」に限った話だ。

・タレントではなく素人ならどうなのか?

・記事の内容がタレント本人と関係が薄い場合は?

・写真をもとに似顔絵にしたらどうなの?

など、今回とは違う色んなケースが考えられ、

その全てで「権利は働きません」と言うことはできない。

 

次回以降の記事では、もっと応用して判断できるように、

肖像権とパブリシティ権について少し詳しく見ていこうと思う。

 

・覆面レスラーに肖像権はあるのか?

・手タレ、足タレ(手や足のモデル)の肖像権は?

ディープインパクト(馬)の肖像権は?

・整形したタレントの肖像権はどうなる??

余裕があれば、こんな難問にも挑戦してみたい。

 

肖像権についてじっくり考えると、

「自分とは?人間とは何だろう?」

という深い謎の淵に立っていることに気付く。

どこまで真実に迫れるか分からないが、

挑んでみたいと思う。

 

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来週の連載はお休みします。

読者の皆さま、

熱中症に気をつけて良い夏休みをお過ごしください。

 

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