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「KIMONO(キモノ)」ブランドが炎上した本当の理由

「KIMONO(キモノ)」の炎上

アメリカのセレブであるキム・カーダシアン氏が

補正下着の新ブランドを立ち上げた。

ブランド名は「KIMONO(キモノ)」だ。

 

彼女が商標登録出願をしたところ、炎上した。

「KIMONOは日本の伝統衣装であって下着ではない!」

「文化の盗用だ!」

といった声がSNS上にあふれた。

❝着物文化の中心地❞である京都の市長までもが「考え直すように!」と

メッセージを送ったという。

 

●キム・カーダシアンが立ち上げた下着ブランド「キモノ」が"文化の盗用"と物議、商標出願に懸念も

https://www.fashionsnap.com/article/2019-06-26/kim-kimono/

 

キム氏は当初は「ブランド名を変更する予定はない」と表明していたが、

炎上の拡大をうけ、最終的には諦めた。

別のブランド名にすると発表している。

 

●「KIMONO」撤回?キム・カーダシアンが新名称でブランド展開へ

https://www.fashionsnap.com/article/2019-07-02/kim-under-a-new-name/

 

ネット上では

「最初から撤回するつもりで出願したんだろう。

 炎上商法だ!」

といった声も聞かれた。

しかし新ブランド名を即座に発表しなかったところを見ると、

彼女がそこまでズル賢く立ち回ったとは考えにくい。

本気で「KIMONO」を使いたかったのだろう。

 

炎上の理由

なぜ炎上してしまったのか?

 

最大の理由は、

アメリカで「文化の盗用だ!」と言って大騒ぎすることが

一種のブームになってしまっているからだ。

アメリカの金持ち白人が黒人発祥のデザイン、ファッション、音楽等を

取り入れた表現活動やビジネス展開をした場合等に

最近になってよく使われるようになった言葉なのだ。

「KIMONO」も、たまたまこのブームに乗っけられてしまっただけ。

というのが、今回の騒動の真相だ。

 

「文化の盗用」が流行り言葉でなかったときには、

フランスのセレブ、アラン・ドロンが香水のブランド名として

「サムライ」とネーミングしても、全く騒ぎにならなかった。

(むしろ喜んだ日本人の方が多かったのでは??)

❝サムライ文化の中心地(?)❞である鎌倉の市長も、

何のメッセージも発していない。

 

●サムライ公式サイト

https://sprjapan.com/samourai/

 

炎上してしまった他の理由としては、

・商標出願によって「KIMONO」という言葉を

 独り占めしようとしたこと。

・下着というものが、

 「性的で恥ずかしいもの」というイメージを持つ人も多いこと。

 (「日本の伝統文化をそんな恥ずかしいものに使うなんて

   ケシカラン!!」)

等が挙げられるだろう。

 

上記のような理由が、今回の炎上の原因と言える。

しかし、そんな表面的なことではなく、

もっと根源的な理由があるのでは?

人間の脳の仕組みに関わる話なのでは?

というのが、今日のテーマだ。

 

「文化の盗用」について

炎上の根本原因について追及する前に、

「文化の盗用」についてコメントしておこう。

 

もしあなたが「文化の盗用だ!」と誰かを糾弾したくなったとしても、

いったん深呼吸をして落ち着いた方がいい。

だって、あなたも文化の盗用をしているからだ。

あなたが今朝飲んだ紅茶(日本製)はイギリス文化の盗用だし、

あなたが着ているTシャツ(日本製)はアメリカ文化の盗用だし、

あなたが使っている漢字は中国文化の盗用だし、

「文化の盗用だ!」と騒ぐ行為自体がアメリカの一部の人々の文化の盗用だ。

 

大昔に日本が漢字をたくさん輸入して日本語を作り上げていったことは、

以前解説したとおりだ。

www.money-copyright-love.com

 

しかし、中国人も日本語から漢字を大量に逆輸入している。

二十世紀はじめ頃の話だ。

中国(当時は清帝国)の偉い役人が部下の書いた文書を読んでいたが、

急に怒り出した。

「「健康」という言葉を使っているが、「健康」は日本の名詞だぞ!」

文書をベリベリと破り捨ててしまう。

しかし部下は少しも慌てずこう言った。

「「名詞」も日本の名詞です」

 

誰もが文化を盗用し合って生きている。

 

人類は大昔からそうしてきた。

となりの集落の農作業のコツをマネし、

となりの村のお祭りの作法をマネし、

となりの国の武器の製造技術をマネし、

マネしマネされながら、現代までたどりついている。

 

他の国、他の人種、他の民族とのあいだに経済的な不平等やを感じたり

自分の民族等の尊厳が侵されている気がしたりしていて、

そこに不満があるのなら、

流行り言葉に乗っかるだけでは解決しない。

原因を冷静に分析した上で、

あらためて公正なルール作りをするしかないのだ。

(これも大事な論点だが、

 「文化」という切り口では多分解決できない)


「文化の盗用だ!」と軽々しく言わない方が身のためだ。

 

『言葉をおぼえるしくみ』

話を戻そう。

なぜ「KIMONO」が炎上してしまったのか?

 

参考になる本がある。

『言葉をおぼえるしくみ』。

 

 

 認知科学や心理学などの専門家である著者が、

「人間はどういうプロセスで言葉を学習していくのか」について

研究した本だ。

たくさんの子供に聞いたことのない言葉を聞かせ

その反応を観察するなど、地道な調査に基づいて書かれている。

 

 この本の中で「ガヴァガーイ問題」というものが紹介されている。

 

もし言語学者が初めて探検する土地で現地の人に出会ったとする。

その現地人は今まで聞いたことも無いような言語をしゃべっている。

その人がウサギを指さして「ガヴァガーイ」と言う。

さあ、この「ガヴァガーイ」とはどんな意味なんだろうか?

「ウサギ」という意味か?

「白い」とか「フワフワしている」という意味か?

「耳が長い」と言いたいのか?

「飛び跳ねている」と言いたいのか?

その人が名付けたウサギのニックネームなのかもしれないし、

もっと抽象的な「ウサギ的なもの」という概念かもしれない。

言語学者は、どうやって「ガヴァガーイ」の意味が分かるのか?

どうにも分からないのではないか?

 

そんな哲学的な問いかけだ。

 

ところが、大人にも答えられないような難問に

人間の赤ちゃんは日々取り組んでいる。

周囲の大人から色んな言葉を聞きとりながら、

少しずつ言葉の意味を理解していっている。

母親から「ほら、イヌよ」と言われたとき、

赤ちゃんの脳の中では何が起こっているのだろうか?

 

この本の見解は以下の通りだ。

 

・人間の脳には最初から一定のクセが組み込まれている。

・新しい言葉に出会ったときに、

 まずはそれを(動詞でも形容詞でもなく)名詞だと考える。

・名詞の中でも(「マサル」のような)固有名詞ではなく

 一般名詞だと考える。

・一般名詞の中でも❝程よい❞広さの意味をもつ名詞だと考える。

 (つまり「動物」でも「秋田犬」でもなく、「イヌ」だと捉える)

 

つまり、人間は初めて聞く言葉に対して、

ある程度の「決め打ち」をしているのだ。

「きっと中ぐらいの抽象度の名詞に違いない」と。

 

しかし「決め打ち」が外れることもある。

初めて見る四角形の小型電子製品を見せられて

「これは「アイフォン」です」と言われた人間は、

まずはこう考える。

「こういう形をした電子製品のことは全て「アイフォン」と言うのだな」

しかし同じような形の製品を「ギャラクシー」とか

「ファーウェイ」とか言っている人がいることに気付く。

そのときにこう考える。

「「アイフォン」というのは、このブランドの固有名詞だったんだ」

 

つまり「スマートフォン」と覚えるべきだった一般名詞への

決め打ちが外れたので、次に固有名詞への可能性を探ることになったのだ。

 

・人間の脳は「一般名詞ではない」と分かった時点で、

 「固有名詞ではないか?」という可能性を考え始める。

 

こんなことが『言葉をおぼえるしくみ』には書かれている。

人間は「決め打ち」することによって

「ガヴァガーイとはどういう意味か?」などと悩むことなく、

効率的に言葉を覚えていっているのだ。

 

一般名詞への引力

人間の脳は、言葉を覚えるときに「一般名詞だ」と理解する傾向がある。

 

それを証明する実例は多い。

 

「ホッチキス」は伊藤喜商店が販売した商品のブランド名、

つまり固有名詞だ。

しかし、似たような商品が世の中に存在しなかったせいで

人々はこれを一般名詞だと勘違いした。

(本当の一般名詞は「ステープラー」)

今でも日本人は「ホッチキス」を一般名詞として使っている。

 

「ラジコン」は増田屋コーポレーションの固有の商標だが、

一般名詞として使われているし、

「宅急便」はヤマト運輸のオリジナルのサービス名だが、

他社のサービスのことも「宅急便」という人は多い。

 

新しい物事に対して、新しい言葉を与えられたとき、

我々はそれを「一般名詞だ」と思ってしまうのだ。

(お金をかけて商標登録をしたのに、

 その言葉が一般名詞化してしまうという事態は

 多くの商標担当者にとって悩みのタネだ。

 その言葉が広まったということで嬉しい反面、

 独自ブランドとして差別化しづらくなってしまう。

 これについては別の機会に書きたい)

 

そして、ここから先は私の仮説だ。

「一般名詞として捉えてしまいがち」な人間の脳のクセは、

言葉を覚えた後も続くのではないだろうか。

いったんは「これは固有名詞だ」と覚えてしまったとしても、

ついつい一般名詞としての理解に引き寄せられてしまうのではないか。

 

言葉は「一般名詞への引力」に引っ張られ続けている。

 

これも実例は多い。

 

「フーバー」は掃除機のブランド名として認識されていたが、

広く使われているうちに「掃除機」を意味する一般名詞になってしまった。

ニンテンドー」は固有名詞として理解されていたはずなのに

海外ではゲーム機一般を指す言葉として使われた。

 

10年ほど前は、「キムタク」は一般名詞「イケメン」の意味で

使われることも多かった。

(使用例:「お前はキムタクじゃないんだから、

      もっと積極的に女性にアタックしなきゃ!」)

 

サラリーマン同士が飲みながらグチをこぼすときはこう言う。

「お互い大変だよね。どの部署にもキムジョンイルはいるもんだ」

この場合、固有名詞だったものが「独裁者」という一般名詞になっている。

 

突き詰めて考えると、ほとんど全ての一般名詞は、

元をただせば固有名詞だったのかもしれない。

我々の先祖が水の流れを指さして「カワ」と言っていたとき、

それは「この村で流れている俺たちの固有の川」という意味だったろう。

しかし彼らの活動範囲が広がり視野が広がっていくうちに、

他の地域にも同じような水の流れがあることに気付く。

それのことも「カワ」と呼ぶようになる。

固有名詞だった「カワ」が、いつしか一般名詞になっていくのだ。

 

「固有名詞」から「一般名詞」への引力は強い。

 

逆の力は?

逆方向の流れはないのだろうか?

一般名詞だったものが、固有名詞になってしまったようなものは?

 

私が考える限りでは、思いつかない。

 

うなぎパイ」はお菓子の商品名で固有名詞だが、

この商品のことを「うなぎ」と呼ぶ人はいない。

「ひよ子饅頭」のことを「ひよ子」と呼ぶ人はいるかもしれないが、

ある特定の会話の流れや文脈がある場合に限って通じる話だ。

英語で「the Car」と言ったときに、

「あの素晴らしい〇〇年製のフェラーリ」と言った意味に

なることもあるだろうし、

日本人が「山」というときに自動的に「富士山」を指すことも

あるかもしれないが、どれも限定的な事例だろう。

 

 「固有名詞」→「一般名詞」の流れはあるが、

その逆は無い。

(もし何かあれば、教えてほしい)

 (→追記:「GAP」や「Apple」は英語という言語の中で

      固有名詞として受け入れられてますね!)

 

我々の脳の中で働く引力は、

固有名詞から一般名詞へのほとんど一方通行で働いている。

 

再び「KIMONO」

ここまで考察したところで、「KIMONO」の話題に戻ろう。

 

「kimono」は、一般名詞だ。

「和服」を表す言葉として既に世界的に定着している。

karaoke(カラオケ)」や「kiosk(キオスク)」と同様だ。

 

キム・カーダシアン氏は

人々の頭の中に「一般名詞」としてインプットされている言葉を

自身のブランドの固有名詞として使おうとした。

つまり、「一般名詞」→「固有名詞」の方向だ。

これは人間の脳内で働く引力とは逆方向だ。

我々の頭の中で非常に大きな抵抗、ストレスが生じてしまう。

簡単にいうと「イラッ」とくる。

 

もし「うなぎパイ」の商品名が、単に「うなぎ」だったら。

我々の脳の中で面倒な作業が発生する。

いったんは「黒くてヌルヌルした魚」という意味で理解していた言葉を

もう一度脳内の記憶の倉庫の中から引っ張り出し、

あらたな棚に入れて整理し直さないといけない。

しかも、強く働いている引力に逆らいながら。

とてもイラッとくる。

 

これと同じことが、「kimono」という言葉で起こったのだ。

「kimono」をブランド名として覚えるためには、

せっかく覚えた言葉の棚卸しが必要になってしまった。

一般名詞から固有名詞の棚に移し替える。

これは人間の本能に反する。

イラッ。

 

それだけではない。

さらに悪いことに、移動させる「棚」が紛らわしかった。

「うなぎ」と「パイ」なら全然カテゴリーが違うものだ。

紛らわしくはない。

でも「下着」と「kimono」は、どちらも人間が身に着けるものだ。

意味が近いぶん、紛らわしい。

「え?着物なのに下着?どういうこと?」

となる。

(ソースのメーカーの広報担当者が、

 とんかつソースの新商品を発売するときに

 「商品名は「醤油」です。ヒネリが効いてて良い名前でしょ?」

 と得意げに言った場合のことを想像してほしい)

 

イラッ。イラッ。

 

せっかく覚えた言葉を棚卸しするのは面倒くさい。

イライラする。

こんなにイラつかされるのは、誰のせいだ!?

キム・カーダシアンのせいだ!

とっちめてやりたい!

何かいい口実はないか?

そうだ!「文化の盗用」という流行語がある!

これを使おう!

 

多くの人の頭の中で、無意識のうちにこのような思考が働いた。

そして炎上が巻き起こったのだ。

 

これが今回の騒動の根源的な原因ではないだろうか。

 

最後に

今回の事件と似たような事例は多いのか?

一般化できる理論なのか?

その部分は未検討だ。

 

私はキム氏のブランド名が「文化の盗用」にあたり、

非難されるべきだとは全く思わない。

一定のルール内で自由にネーミングすれば良いと思う。

 

しかし法律やモラル上のルール以外に、

我々も気づいていない裏ルールがあるのだ。

それが、知らないうちに組み込まれている「脳のクセ」だ。

これに逆らわない名前を付ける方が、

愛される名前になる可能性が高い。

ネーミングのセンスや商標登録に関する正しい判断方法については、

今後も研究テーマとしたい。

 

 

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