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「文化の盗用」が大流行!! 未来の議論を過去から予習する(2)

前回の記事では「文化の盗用」が

ネット上で非常に攻撃力の強い流行語になっていること、

でもその言葉の意味は曖昧で、

文化の盗用とそうでないものを見分けることが難しいことを解説した。

 

今回は、この議論のそもそもの始まりである1950~60年代まで

時間をさかのぼって見ていこう。

 

反抗の時代

第二次世界大戦がおわり、

戦争に使っていた資源を楽しい生活を送るために使えるようになった。

経済は劇的に成長した。

世界は豊かになった。

そうなると、豊かな人や国と貧しい人や国の「格差」が目につく。

人種や国籍で人間の扱いを変える「差別」にガマンできなくなっていく。

 

1950年代から1960年代にかけて

植民地支配を受けていたアジアやアフリカの人が運動を起こし、

次々と独立を獲得していく。

ラオスカンボジア、モロッコチュニジア、ガーナ、

カメルーンセネガルルワンダケニア・・

 

アメリカでは黒人が声を上げ始める。

キング牧師マルコムXが人種差別の撤廃を訴えた。

いわゆる公民権運動だ。

ベトナム戦争ではベトナム兵士が

最強であるはずのアメリカ軍を苦しめた。

 

途上国・有色人種が、先進国・白人に

世界的な大反抗をはじめた時期だ。

 

「知」の分野での反抗

彼らの反抗は、ほとんどが土地などの「目に見えるもの」を巡る戦いだった。

でも、「目に見えないものも搾取されてるんじゃないか?」

と考える人がいた。

 

例えば薬草の知識。

アマゾンで暮らす先住民が昔から大切に育てていた薬草があり、

宗教儀式や治療につかわれていた。

この地を訪れたアメリカ人がそのことを知り、草をもちかえる。

そこから抽出された成分をつかった素晴らしい新薬が完成する。

当然このアメリカ人は特許をとって大儲けする。

 

それを知った先住民は納得がいかない。

「俺たちがご先祖様から受け継いだ大切な知識を奪われた!」

という気持ちになる。

抗議の声があがる。

 

例えば歌やダンス。

アフリカで昔から受け継がれている神への感謝を表す民謡と踊り。

これをみたヨーロッパの人の芸術家が

自分の表現にとりいれ、斬新な舞台芸術として披露し大成功する。

アレンジが加えられハリウッド映画にもなる。

 

それを知った民族は納得がいかない。

「俺たちの神聖な祈りが汚された!勝手にパクるな!」

抗議の声があがる。

 

もうお気づきだと思うが、彼らの言っていることは

「文化の盗用だ!」という現代のSNS炎上と全く同じだ。

こんなにも昔から、この議論は始まっていたのだ。

 

彼らの声は「民族自決」という時代の空気の力も借り、

少しずつ大きくなっていく。

 

この流れで、国際政治の場でも動きが出てくる。

 

1972年、世界遺産条約

1982年、WIPOユネスコ

フォークロア表現を保護するモデル規定」採択。

1993年、生物多様性条約。

などなど・・。

 

彼らが求めるものを大まかに2つに分けるなら、

・薬草に代表されるような、科学・発明に関するもの

・民謡に代表されるような、文化・芸術に関するもの

ということになる。

 

このうち科学・発明の分野については、

生物多様性条約」である程度は実現された。

天然資源を使うにあたって国の事前承認が必要だったり、

先住民への利益配分をしないといけなかったりするルールができた。

 

こうなると、残りは文化・芸術の分野だ。

こっちもそれなりの条約がすぐに出来るだろう。

 

多くの人が楽観的に考えていた・・。

 

WIPOでの議論

議論の舞台は国連の専門機関である

世界知的所有権機関WIPO=ワイポ)となった。

WIPOは、

特許や著作権のような知的財産を世界的に保護するための組織だ。

 

先住民たちの歌、踊り、絵画、彫刻・・・などの伝統文化を

フォークロア」と呼ぶ。

(「フォーク」は「フォークソング」の「フォーク」。

 「民族的な」という意味)

(この言葉を好まない人もいて、

 代わりにTCEs(Traditional Cultural Expressions) と言ったりもする。

 TCEsだと意味がぼやけるので、ここでは「フォークロア」を使う)

 

2001年、

WIPOフォークロアの保護についての委員会が本格的にはじまった。

各国の代表団が議論を戦わせることになった。

 

基本的な構図は「途上国 vs 先進国」だ。

「先住民の文化を勝手に使うな!使うなら金をよこせ!

 強制力のあるルールを作ろう!」

という途上国。

「文化の守り方は人それぞれ。国それぞれだ。

 作るとしても、強制力のないガイドラインでいいじゃないか」

という先進国。

2つの主張が平行線を続けることになる。

 

しかし途上国も一枚岩ではない。

民族同士の対立が続く国だってある。

国内で優位に立つためにWIPOでの議論を利用したい。

相手の民族の権利は奪いたいと考える民族もいる。

民族という名目で先進国からお金をもらいたい政府の人間もいる。

 

一枚岩でないのは先進国も同じだ。

オーストラリアには先住民のアボリジニがいる。

彼らの利益を守るのは政府の大切な役割だ。

ニュージーランドにも、カナダにも、ノルウェーにも、

先住民がいる。

彼らの声は無視できない。

 

色んな立場から、色んな意見がでる。

話題は拡散して全くまとまらない。

そんな状態で数年が経過する。

 

 当初は「すぐに条約が出来るだろう」と思っていた人もいたが、

「どうやら文化・芸術の話は、そんなに簡単じゃない。

 一筋縄でないかないぞ」と気づく人も増えてきた。

 

そして2005年。

事務局が準備した文書が、より大きな議論を呼ぶことになる。

WIPOの事務局の人は、

特許や著作権などの知的財産の考え方に慣れ親しんでいる。

だから、ついつい発想がそれに引っ張られる。

「権利を認めて、その権利のOKがないと使えない。

 使うときにはお金を払う」

という知的財産の脳みそになってしまっている。

彼らが“議論のたたき台”として用意した文書は、

既存の制度にそっくりの制度をフォークロアについても作ることを

前提にしたかのような内容になっていた。

 

当然、先進国は大反発することになる・・。

 

次回以降で、議論の具体的な中身についてみていこう。

なぜ議論が全然まとまらないのか?が分かるはずだ。

 

 

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