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人口知能 × 著作権 第3次AIブームを振り返る(4)

AIは、短い作品なら作り出すことができる。

 

では、短い作品に著作権は発生するのだろうか?

どの程度の長さから著作権は生まれるのか?

AIが作った作品に著作権はあるのか?

 

こうした疑問に答えたい。

 

今回は、これまでで一番「お勉強チック」な記事になるが、

著作権の神髄」に最も近づくことができる回になるだろう。

 

クイズ

以下の文のうち、「著作物」といえるもの。

つまり、著作権が発生しているものはどれだろう?

 

① 世界の人口は70億人以上です。

 

② 女性が差別されているのを見ると悲しくなる。

  人間は性別によって差別されるべきではありません。

 

③ 8日の日経平均先物は3日続落した。3月物は前日比235円安の2万0305円で終え、大阪取引所の終値を15円上回った。米中貿易協議の難航見通しや、欧州景気の減速懸念を背景に売りが進んだ。米株式相場が下げ幅を広げる場面で、3月物は一時2万0160円まで売られた。取引終了にかけては米株式相場が下げ渋り日経平均先物にも買いが入った。3月物の高値は2万0535円だった。

日本経済新聞の記事)

 

④ 咳の子のなぞなぞ遊びきりもなや

(20世紀を代表する俳人中村汀女の俳句)

 

⑤ 咳をしても一人

(自由律俳句の俳人・尾崎放哉の俳句)

 

⑥ ボク安心 ままの膝より チャイルドシート

交通安全のスローガン

 

⑦ 朝めざましに驚くばかり

(古文の単語を記憶するための語呂合わせ)

 

⑧ 音楽を聞くように英語を聞き流すだけ 英語がどんどん好きになる

(英会話教材のキャッチフレーズ)

 

⑨ 鈴懸(すずかけ)の木の道で「君の微笑みを夢に見る」と言ってしまったら僕たちの関係はどう変わってしまうのか、僕なりに何日か考えた上でのやや気恥ずかしい結論のようなもの

AKB48の歌のタイトル)

 

⑩ にこにこうぱうぱブルーベリー

(AIが作った歌詞) 

 

どうだろう?

答えられるだろうか?

 

著作物か?

著作物ではないか?

1つずつ正解を確認していこう。

 

「著作物」とは

著作権をテーマにしたブログを開始して半年。

ついにこの時が来てしまった。

著作権の基礎中の基礎、「著作物」とは何か?

について語る時が・・。

 

先に結論から言ってしまうと、

著作物かどうか?の判断基準について、

いまだに誰もはっきりした結論にたどり着いていない。

裁判で結果が出ているもの以外では

「この作品は著作物である」と、

断言できる人はいないのだ。

 

そんな無茶な話ってあるか!?

みんな著作権があるということを前提に、

権利にお金を払ったり、ビジネスを成立させたりしてるんじゃないのか?

その前提がアヤフヤなら、全てがひっくり返っちゃうじゃないか!?

と言いたくなる話だが、それが現実だ。

 

そんな状況の中でも、

我々は法律や裁判所の言っていることをヒントにしながら、

個々の作品について「著作物かどうか?」を判断していくしかないのだ。

 

というわけで、法律や実際の裁判を見ながら、

上記10個のクイズを解いていこう。

 

法律は何と言っているか?

このブログは、法律の条文を紹介することを避けてきた。

だって、「お堅い」文章になっちゃうから。

 

でも、今回は避けられない。

 

著作権法で「著作物」はちゃんと定義されている。

以下の通りだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

【「著作物」の定義】

思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

やっぱりお堅い文章だが、これだけは理解する必要がある。

 

 

 条文を分解した上で、1つ1つ見ていこう。

まずは、以下の4つに分解しよう。

「思想又は感情」

「創作的」

「表現したもの」

「文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」

 

それぞれの言葉を理解するには、「著作物とは何か?」ではなく、

「何が著作物ではないか?」という発想で考えると良い。

 

●「思想又は感情」のないものは著作物ではない。

喜び、悲しみ、愛情・・そういった人間らしい気持ちや、

自由、平等、博愛・・といった人間の考えこそが、

著作物を生み出す。

そういう気持ちや考えのこもっていない物は著作物ではない。

つまり、単なる「事実」や「データ」は著作物にはならない。

 

だから、クイズの第1問の文章

「世界の人口は70億人以上です。」

は著作物ではないと判断できる。

単なる事実・データに過ぎないからだ。

 

●「創作的」でないものは著作物ではない。

作家が表現を工夫し、個性を発揮してこそ、素晴らしい作品が生まれる。

どんなに価値のある「感情」や「思想」であっても、

ありきたりのフツーの表現しかしていなければ、著作物とは言えない。

 

だから、

クイズの第2問

「女性が差別されているのを見ると悲しくなる。

 人間は性別によって差別されるべきではありません。」

は著作物ではないと言える。

言っている内容は立派でも、ありきたりな表現でしかないからだ。

 

第3問の日本経済新聞の記事は、結構な長さのある文章だが、

これは2重の意味で著作物とは言えない。

単なるマーケットのデータに過ぎないし、

書き手の個性が全く感じられない文章だからだ。

長い文章だからといって、必ずしも著作物になるとは限らない。

 

●「表現したもの」でないものは著作物ではない。

これは当たり前のことだ。

いくら作家が

「素晴らしい作品が私の頭の中で完成している!

 まだ書いてないだけだ!」

と主張しても意味がない。

その頭の中の作品を、

「頭の外」に出してはじめて他の人が鑑賞することができるからだ。

ちなみに頭の外に出す方法は、実際に書く必要はなく、

口で語るという方法でも良い。

どんな方法でも「表現した」ということにはなるからだ。

(だから、即興で演奏した音楽は譜面がなくても著作物にはなる。)

 

また、作品の形になっていないアイディア段階のものも

「表現したもの」とはいえない。

 

●「文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」でないものは著作物ではない。

これは、大まかにジャンルを決めている言葉だ。

「文化・芸術の範囲に入るもの」を著作物ということにします。

と言っている。

逆に、「自然科学」や「工業・産業」のジャンルに入るものは、

著作物ではないということだ。

万有引力の法則」「相対性理論」といった、

ニュートンアインシュタインの研究成果は素晴らしいものだが、

それ自体は著作物にはならない。

また、電球、テレビ、自動車といったものは、

世界を変えた凄い発明品・工業製品だが、著作物ではない。

 

以上が、法律が決めている「著作物」の定義だ。

 

解説書・裁判所の傾向

著作権についての解説書は多い。

もちろん、その中では「著作物とは何か?」について

法律の条文をもとに詳しく解説されている。

 

多くの解説書では、このような趣旨・ニュアンスのことが書いてある。

 

「この条文の大事なポイントは3つです。

 「思想又は感情」、「創作的」、「表現したもの」。

 この3点を覚えておきましょう。

 その後に書いてある

 「文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」は、

 ただの目安です。

 あんまり大事じゃありません。」

 

興味がある人は本屋などで実際に確かめてほしい。

ここまであからさまに書いてあることは少ないが、

こういう気持ちがにじみ出た解説書が多い。

 

しかし、私は違うと思う。

 

我々が大切にしたい文化・芸術を守り、育てていくために

著作権法は存在している。

その「我々が大切だと思う文化・芸術って何だろう?」という視点を、

「文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」という言葉は与えてくれる。

この根本を見つめることを避けるわけにはいかない。

 

例えば、「友だち」の定義について考えてみよう。

以下のような定義だったとしてみよう。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

【「友だち」の定義】

毎月1回以上は話をする相手で、将来の夢について語り合ったことがあり、

友情を感じている相手

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「毎月1回以上は話をする」と

「将来の夢について語り合ったことがある」という条件は、判断しやすい。

「YesかNo」で答えの出るデジタルな基準だ。

でも、一番根本的なのは「友情を感じる」という

曖昧でアナログな部分のはずだ。

 

「友情なんて人それぞれの感じ方なんだから、そこを考えても仕方がない。

 判断しやすい「毎月1回以上の話」「将来の夢」の2つの基準でいいじゃないか」

という人がいるかもしれないが、

その人は、致命的な間違いを犯してしまうことになる。

2つの基準だけだと、

「仕方なく付き合っている仕事上のお得意様」や「進路指導の先生」まで

友だちだと判断することになりかねないからだ。

 

「友だちとは何か?」を知るためには、

「友情とは何か?」という、非常に難しい問題に向き合う必要がある。

 

著作物についても同じことが言える。

 

「文化・芸術として何が大切かなんて、人それぞれだから決めようがない。

 そんな曖昧な基準に頼るより、

 「思想又は感情」、「創作的」、「表現したもの」の3点に絞って

 デジタルに判断した方が明確だ」

そういう考え方をする人が多い。

しかし、それでは重大な間違いが起きてしまうのだ。

 

実際、こういう考え方で判断する裁判所が増えているように感じる。

 

その結果、

昔だったら「著作物だ」と判断されることがあり得なかったような物まで、

著作物だと認定されてしまう裁判が出てきている。

 

中でも一番有名な例が「トリップトラップ事件」だ。

 

●椅子デザインにも「著作権」、知財高裁「実用品は意匠権」から一転、保護長期化、そっくり家具姿消す?

https://messe.nikkei.co.jp/ac/news/132056.html

 

幼児向けにオシャレにデザインされた椅子が、

「著作物です」と認められてしまった事件だ。

 

「こんな、よくある家具のデザインにまで著作権を認めてしまったら、

 自宅で写真をとってSNSにアップすることさえ、

 おちおち出来なくなるじゃないか!」

と衝撃の走る裁判となった。

 

椅子のデザインを守るための権利には「意匠権」というものがある。

これは、「文化・芸術」のジャンルではなく、

「工業・産業」の分野の権利だ。

椅子という工業製品を守りたいのなら、

著作権ではなく意匠権を使うべきだった。

 

この裁判の結論は、

「思想又は感情」「創作的」「表現したもの」というデジタル基準だけを重視し、

「文化とは何か?何を文化として守るべきか?」というアナログ基準を

考えることを軽視してしまった結果、

出てしまった結論だと思う。

 

我々の文化・芸術として大切にすべきものは何か?

文化・芸術と、工業・産業の線引きをどうすべきか?

この世界における文化・芸術の意味は?

 

簡単に答えの出る問題ではないが、

この問いかけから逃げるわけにはいかない。

 

我々はAIではない。

人間だ。

デジタルな基準だけに頼らず、

アナログな考え方で答えを見つけ出せるはずだ。

 

「テクノロジーとアートが融合する!」と世間で騒がれている中で、

今後も国民全体で取り組まないといけないテーマになるだろう。

 

「文化・芸術とは」で判断

ここでクイズの問題に戻る。

 

第4問「咳の子のなぞなぞ遊びきりもなや」という俳句は、

著作物だろうか?

 

著作物と言えるだろう。

「思想又は感情を創作的に表現したもの」と言えるからだ。

 

しかし、本当にそうだろうか?

この俳句が表しているのは、母と子の情景だ。

風をひいた子が、なぞなぞ遊びの相手になってくれるように母親にせがむ

かわいらしい様子を思い浮かべることができる。

この様子を「5・7・5」のたった17文字で表現しようと思えば、

誰が作ってもだいたいこんな俳句に落ち着くのではないか?

本当に作者が個性的に表現していると言えるのか?

本当に「創作的」といえるのか?

実は、著作物じゃないんじゃないのか・・・?

 

こう考え出すと、よく分からなくなってくる。

 

でも、先ほどの問題意識を思い出し、こう質問するとどうだろう?

「俳句は、日本の文化だろうか?

 この俳句は、我々が守り育てるべき文化だろうか?」

 

こう考えると、

自信をもって「Yes!」と答えることができるのではないだろうか。

 

 

次に第5問を見てみよう。

「咳をしても一人」

5・7・5の形式にとらわれない自由律俳句の俳人・尾崎放哉氏の俳句だ。

 

これは著作物だろうか・・?

 

さすがにここまで来ると、私にも分からない。

「咳をしても一人だった」という状況をそのまま言っているだけで、

何の工夫もない「創作的」ではない作品のようにも思える。

が、この俳句から漂ってくる何ともいえない寂しさ、わびしさを考えると、

守るべき文化だという気もする。

 

裁判になった作品ではないので明確な結論は出せないが、

この作品に著作権を認めるわけにはいかないだろうと思う。

ここまでシンプルな表現にも著作権があるとしたら、

その後の人たちが大変だ。

誰も小説の中で「咳をしても一人」と書けなくなる。

SNSで「1人で咳をした」とさえ書けなくなるかもしれない。

「くしゃみをしても一人」と言ったら逮捕されちゃうかもしれない。

そんな世の中は嫌だ。

シンプルさを大切にする日本文化と、

著作権のバランスを取るのは、とても難しい。

 

 

第6問はこれだ。

「ボク安心 ままの膝より チャイルドシート(交通安全のスローガン)」

 

これは、実際に裁判になった作品なので結論は出ている。

著作物だ。

 

例によって裁判所が

「思想又は感情」、「創作的」、「表現したもの」の3点を重視して

デジタルに判断した。

 

私はこの結論に不満だ。

たしかに「5・7・5」という俳句と同じ形式で表現されているから、

俳句と同じように著作物であるべきだ!

という考え方にひっぱられた裁判所の気持ちも分かる。

でも、これは単なる交通標語なのだ。

本当に「守るべき文化」と言えるほどのものだったのだろうか?

 

難しいことだとは思うが、形式だけにとらわれず、

作品の内容やその価値に踏み込んだ判断をすべきだったのではないだろうか。

 

 

続いて第7問。

「朝めざましに驚くばかり(古文の単語を記憶するための語呂合わせ)」

 

これは学生向けの学習参考書にのっていた語呂合わせだ。

(「鳴くようぐいす平安京」で794年を記憶するようなもの)

日本の古文に特有の「あさまし」「めざまし」という単語に

「驚くばかりだ」という意味があることを表している。

 

この語呂合わせについても、裁判で「著作物だ」と認められてしまった。

 

こんな短い文章に著作権があるというのだ!

 

上記第6問と同じく、裁判所が「守るべき文化」について考えなかった結果、

出してしまった結論と言えるだろう。

 

 

第8問はこれだ。

「音楽を聞くように英語を聞き流すだけ 英語がどんどん好きになる

 (英会話教材のキャッチフレーズ)」

 

これについては裁判所も著作権を認めなかった。

「誰が作っても似たようなフレーズになる」つまり、

「創作的な表現ではないから」というのが、その理由だ。

 

これについても、

「創作的な表現かどうか?」を判断する以前に、

「そもそも、文化じゃないじゃん!」と私は思う。

 

 

ここまで、第1問から第8問まで見てきた。

 

これで、「著作物かどうか」を判断できるようになった!

と感じている読者はいないだろう。

 

最初に私が

「「著作物かどうか?」の判断基準について、

 いまだに誰もはっきりした結論にたどり着いていない。」

といった理由が分かってもらえたと思う。

 

短い文章というジャンルに限ってみても、

裁判所の判断はフラフラしているのだ。

 

タイトル・AI

最後に、第9問と第10問を見てみよう。

 

第9問は以下だった。

「鈴懸(すずかけ)の木の道で「君の微笑みを夢に見る」と言ってしまったら僕たちの関係はどう変わってしまうのか、僕なりに何日か考えた上でのやや気恥ずかしい結論のようなもの

AKB48の歌のタイトル)」

 

これは、著作物にはならない。(多分。)

 

そこそこの長さのある文章だし、作者の気持ちや個性が表れているように感じるが、

なぜ著作物ではないのか?

 

それは、「著作物のタイトル」だからだ。

 

マヨネーズには「キューピーマヨネーズ」というような「商品名」が付いている。

マヨネーズ商品の「中身」と、「商品名」は別だ。

これと同じで、小説、歌、映画の「中身」と「タイトル」は別物だ。

「中身」には著作権があるが、

「タイトル」に著作権は無いということになっている。

 

なぜか?

そうしないと、何かと困るからだ。

 

テレビやネットで作品の紹介をしたくても、

タイトルに著作権があったら、そのタイトルを簡単に言えなくなってしまう。

「昨日めちゃくちゃ面白い映画をみてきました!

 主役はトム・クルーズでカッコいいんです!

 ハラハラドキドキします!

 皆さんも是非ご覧ください!

 でも、その映画のタイトルは言えません!」

こんな映画紹介は嫌だ。

 

 

 AKB48のプロデューサーの秋元康氏も、

せっかく自分が作った歌のタイトルが紹介してもらえないのは困るはずだ。

 

タイトルに著作権はない。

というのが基本ルールだ。

 

 

最後の第10問はこれだ。

「にこにこうぱうぱブルーベリー(AIが作った歌詞) 」

 

これも著作物ではない。

 

 そもそも著作権というのは「人権」の一種だ。

人権は人間にしかない。

だから、AIが作品を生み出しても著作権が発生することはないのだ。

 

見た目には人間が作ったものと見分けがつかない作品であっても、

著作物ではない。

という、不思議な結論になる。

 

(AIを操って作品を作った人間の方に権利を与えよう。

 という議論が一部でされ始めている)

 

今回のまとめ

以上、10問のクイズを通して

著作物かどうか?の判断基準を勉強できた。

 

短い文章に範囲をしぼってのクイズだったが、

それ以外のジャンルでも考え方は同じだ。

 

ポイントは以下の通り。

 

・「思想又は感情」のないものは著作物ではない。

・「創作的」でないものは著作物ではない。

・「表現したもの」でないものは著作物ではない。

・大切にしたい文化・芸術とは?という視点も大事。

・タイトルに著作権はない。

・AI作品は著作物ではない。

 

著作権について考えるとき、これが基礎中の基礎になる。

覚えておこう。

 

 

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