マネー、著作権、愛

創作、学習、書評など

人工知能 × 著作権 第3次AIブームを振り返る(2)

 

前回の記事では、

・AIは大量のデータから学習し、どんどん勘が良くなっていく。

・AIが文章の意味を理解することは絶対にない。

ということを確認した。

 

AIは、人間に代わって小説を書いたり、作曲したり、

映画を制作したりするようになるんだろうか?

そのとき、作家やアーティストはどうなるのか?

我々は、AIが作った作品を受け取るだけの存在になっていくのか?

 

ブームの終了

先に言ってしまうと、これは「周回遅れ」の議論になりつつある。

と私は思う。

 

数年前までは、このテの話題は大人気で、

本、ネット記事、セミナーなどで多くの学者やアーティスト達が活発に議論していた。

「AIが創作した作品を、みんなが楽しめる世界がやってくる!」

と本気で語る人もいた。

 

しかしAIが出来ることと出来ないことが分かってくるにつれ、

徐々にこういう話が聞かれなくなってきている。

 

AIの第1次ブームも第2次ブームも、

(未来につながる研究成果は残したものの)

期待されたような人工知能を生み出すことはなく、

ただのブームで終わってしまった。

 

少なくとも文化・芸術の世界では、

第3次AIブームも同じように過ぎ去りつつあるのではないか?

というのが私の見解だ。

 

実際のところ、「AIが作った文化・芸術作品」として、

我々が本当に楽しみ味わえるものは、いまだに出来ていないのだ。

 

このことを、いくつかのジャンルごとに確認していこう。

 

小説

小説を書けるAIのプロジェクトとして、国内で一番有名なのは、

「きまぐれ人工知能プロジェクト 作家ですのよ」

だろう。

ショート・ショートと呼ばれるSF短編小説の名手だった星新一氏のように、

AIに次々と小説を生み出してもらおう!という研究だ。

 

●きまぐれ人工知能プロジェクト 作家ですのよ

https://www.fun.ac.jp/~kimagure_ai/

 

私も星氏のショート・ショートは大好きだった。

もし本当にAIが小説を書けるようになったら・・・・

そう考えると、星氏の小説を読むのと同じくらいワクワクする。

 

しかし、現実は厳しいようだ。

ホームページの中にある

「コンピューターが小説を書く日」というシステムを試してみてほしい。

 

●コンピューターが小説を書く日

http://kotoba.nuee.nagoya-u.ac.jp/sc/gw2015/

 

 

システムが生成した作品をいくつか読んでみれば分かるが、

どれも「似たり寄ったり」なのだ。

多少の設定の違いがあったとしても、

「ロボットがストレスを感じ、小説を書き始める。

 しかしその小説は、人間から見ればただの数字の羅列にすぎなかった」

という物語であることは変わらない。

そして何より、全然ワクワクしない。

 

開発者たちの苦労が伝わってくる。

最低限は小説として成立するように、

非常に限定された設定、限定されたストーリー、限定された言葉選びという

がんじがらめの条件のもとでAIが無理やり小説を作っているのだろう。

「自由に想像の羽根を広げて!」というスタイルとは

真逆のことになっちゃっている。

 

前回の記事で説明したように、

そもそもAIは文章の意味を理解しない。

そんなAIが意味のある文章を作れるようになるとは、私には思えない。

 

このプロジェクト、

数年前はメディアで取り上げられることも多かったが、

最近ではあまり話題になっていないようだ。

 

集まっているのは一流の研究者だし、今でも研究は続いているようなので、

何か素晴らしい発見をしてくれることを期待したいが、

「小説を生み出す」という面での成果は期待できないように思う。

 

その他、海外で話題になったAIでは

マサチューセッツ工科大学の研究者が開発した「Shelley」というものがある。

 

●Shelley

http://shelley.ai/

 

上で紹介した「コンピューターが小説を書く日」とは

異なる設計がされているようで、

ユーザーの書き込みに反応しながら、

次々とホラー小説のような文章を書き連ねていく機能を持っている。

 

これも読んでみてもらえれば分かるが、

「ホラー小説にありそうな設定や言葉遣いの文章」

「なんとなく前の文と話がつながていそうな文章」

を次々と生み出すことは出来ているだが、それ以上のものではないようだ。

AIの得意分野である「勘」で、当てずっぽうに言葉をつないでいるだけだ。

「Shelley」だけで意味のある小説が生み出せるとは思えない。

 

歌詞

小説は作れないとしても、歌詞ならどうだろう?

 

歌詞は、小説のような厳密な意味のつながりが無くても

それなりに成立する。

 

それに、人の心を動かす歌詞を書くには「感性」が大切だ。

この「感性」とAIの持つ「勘」は、同じもののような気がする。

AIの勘を使って、素晴らしい歌詞を生み出せるんじゃないか?

 

実際にこの研究は行われている。

アイドルグループ「仮面女子」と、

電気通信大学の教授が協力してAIに歌詞を作らせたのだ。

 

●「研究室が沸き立った」――AIが作詞、アイドル新曲ができるまで 電通大教授に聞く

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1705/11/news006.html

 

この研究ではアイドルの描いたイラストをAIが読み取り、

それに基づいて作詞したという。

 

こうして生まれた歌詞が以下のようなものだ。

 

「星、見つけよう!!まぶしい世界」

「白い川と落ち合うバラード」

「にこにこうぱうぱブルーベリー」

 

これを見て研究室は沸き立ったという。

ネット上でも「不思議だけど、どこかすてき」「言葉選びが独特」

と高評価だった。

 

ちなみにAIが作った「僕のくるみがはち切れそうで」という歌詞は、

「アイドルには歌わせられない」と人間が判断し、NGになったという。

 

これらの歌詞を見て、あなたはどう思うだろう?

 

私はこう思った。

「たしかに少しは面白いけど、

 そんなに有難がるほどのものか??」

 

「にこにこうぱうぱブルーベリー」からは独特な感性を感じるけど、

その30年近くも前にB.B.クイーンズ

「ピーヒャラ ピーヒャラ おどるポンポコリン」

と歌ってたぞ!

こっちの方がよほど凄いぞ!

と思ってしまうのだ。

 

 もちろん私も「AIが全然使えない」という気はない。

作詞家が創作中に煮詰まってしまったときに、

試しにAIに作詞させてみて、気に入ったフレーズがあれば使う。

というような使い方ならあるかもしれない。

でも、所詮はその程度のものだろう。

 

ましてや、THE 虎舞竜が歌う「ロード」のような、

長くてストーリーのある歌詞をAIが作るなんてことはあり得ない。

 

音楽

作詞の次は、作曲についても見てみよう。

 

正直にいうと、作曲ならAIでもいけるんじゃないか?

と以前は私も考えていた。

でも、今は少し違う意見だ。

 

作曲するAIについては、たくさんのプロジェクトがある。

AIが人間の注文を受けて、一瞬で曲を作ってくれるのだ。

「楽しい感じで」

「早いテンポで」

「楽器はピアノで」

「バッハのように」

等々の指令を出せば、

すぐにその場で曲を生成してくれるAIは既に存在する。

 

●Orpheus 自動作曲システム オルフェウス

http://www.orpheus-music.org/v3/index.php

 

●Jukedeck

https://www.jukedeck.com/

 

実際に聴いていみると分かるが、なかなかのクオリティだ。

 

しかし長い時間聴いていると、なんだか不安になってくる。

「いったいこの曲、何を表現したいんだろう?」と。

 

前回の記事で紹介した本

『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』にも同じことが書いていあった。

著者の新井氏も

「長く聞くには堪えない」

「曲がどこに向かっているのかさっぱりわからない」

「だんだんイライラしてきます」

と言っている。

 

人間の脳は、どうしても「意味」を考えてしまうように出来ているようだ。

感性だけで音楽に浸っているつもりでも、

頭のどこかで音楽の意味を解釈しようとしている。

 

しかし人間が解釈しようにも、

AIの作った曲にそもそも意味なんかないのだ。

勘で作っているだけなんだから。

 

そういうわけで、じっくり鑑賞できる音楽をAIが作ることはないだろう。

でも歌詞の場合と同じように、

人間の作曲家をAIがお手伝いすることは出来そうだ。

AIが作った曲に作曲家がインスピレーションをうけたり、

AIによる短いメロディを人間が「部品」として使うことは十分あり得る。

また、短い映像のBGMとしてなら使い勝手も良さそうだ。

AIの苦手な「意味」は、映像の方で補ってくれるからだ。

 

現時点での私のAI作曲の評価はこのレベルだが、

将来的には、もっと凄いことができるようになる可能性は否定できない。

作曲は「第3次AIブームは終わった」とまでは

言い切ることができない唯一のジャンルだと思う。

 

画像・映像

絵画、写真、映像も「感性」が重要になる分野だ。

 

ここでもAI研究は盛んで、

画家のレンブラントが描いたような絵画を生み出すAIが開発されている。

 

機械学習したAIがレンブラントの"新作"を出力。絵具の隆起も3D再現した「The Next Rembrandt」公開

https://japanese.engadget.com/2016/04/07/ai-3d-the-next-rembrandt/

 

これにとどまらず、

動画を「ゴッホ風」に変換できるAIを使った商品だって既に発売されている。

 

●動画を「ゴッホ風」「印象画風」に一発変換できるPowerDirector用AIプラグイン

http://www.itmedia.co.jp/pcuser/articles/1804/25/news084.html

 

どれも素晴らしい技術だと思うし、最初に見たときは驚いたものだが、

「そのうち見慣れてしまうだろうな」というものだ。

 

こういいう視覚的な芸術の世界でも、感性だけが大切なのではない。

もっと重要なのは「意味」や「文脈」だ。

 

オークションで売れた絵画を

バラバラに切ってしまうパフォーマンスで世界的なニュースになった

芸術家のバンクシー氏が良い例だ。

 

バンクシーの絵、1億5000万円で落札直後にシュレッダーで裁断。なぜ?

https://www.huffingtonpost.jp/2018/10/06/banksy-painting_a_23553085/

 

彼の絵そのものに数億円を超える価値があるとは思えない。

しかし、

「権力や資本主義に反抗するアーティストが、

 自身の作品を破壊することで強烈なメッセージを放った」

という「物語」としての付加価値が上乗せされることで、

オークションの落札価格の1億5千万円をはるかに超える価値を得たのだ。

 

アーティストとしての生き様、社会との関わり方、メッセージの発信方法・・

全てを計算し大成功したバンクシー

マーケティングの達人」と言えるだろう。

 

(話は逸れるが、ピカソは史上最高のマーケターだ。

 カンバスに絵の具を塗りつけた物体に数億円の価値がある!

 と世間にまんまと思い込ませてしまったからだ。

 ピカソ以後に成功を収めた画家は、みなマーケターとしての資質をもっている)

 

我々は画像や映像そのものではなく、

そこに込められた意味を読み取ったうえで価値を判断しているのだ。

 

何度も言うように、AIには「意味を込める」ということが出来ない。

「社会に対するアーティストの目線」という文脈全体を使った

マーケティング戦略をAIが立てることは出来ない。

 

今回のまとめ

文化・芸術の全ジャンルを横断したわけではないが、

大まかな傾向は見えてきたのではないだろうか?

 

・AIは意味のある作品や長い作品を作ることは出来ない。

・人間が作品を創る上でAIを上手く使う方法はありそう。

 

というわけで、

「明日にもAIに仕事を奪われるんじゃないか!?」と

眠れない夜をすごしていた作家やアーティストの皆さん、

ご安心ください!

 

「意味のある」良い作品を、

自信をもって生み出し続けていれば大丈夫です!

 

雑感

AIと比べると分かるが、

つくづく人間は「意味」が欲しくて欲しくて仕方がない生き物なのだな。

と思う。

 

あの山に落ちた雷の意味は?

我が民族が苦労ばかりしている意味は?

勉強する意味は?

あなたと過ごす意味は?

自分の人生の意味は?

 

答えなんて出るはずの無い問いかけを、我々はずっと続けてきた。

 

でも、そんな無限の問いかけこそが

人類の奥深い文化・芸術を生んできたのかもしれない。

 

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次回は、「コンテンツの長さ」という視点から

AIについて考えてみよう。

 

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