今回はテレビ局の立場から考えよう。
テレビ局(NHKと在京キー5局)は今回の議論では
「放送と同時に行うネット配信等を放送と同じ扱いにしてほしい」
と要望している。
これには、どんな狙いがあるのだろうか?
テレビ局の危機感
言うまでもないが「放送局の経営が今後もずっと安泰だ」
と考えているテレビ局の人はいない。
インターネットが浸透したこの世界で、
どうやって生き残るか?
誰もが頭を悩ませている。
でも、各局の取り組み方はまちまちだ。
ネット企業と手を組む局もあれば、
自前の配信プラットフォームに力を入れる局もある。
NHKは(放送との)同時配信を積極的に進めたいが、
民放はあまり興味がない。
「見逃し配信」に希望を見ている局もあれば、
一時的なものだとしか考えていない局もある。
とりあえず共通するのは、
キラーコンテンツである放送番組をネットで流したい。
そこを突破口にして、ネットの世界で色々やっていきたい。
という部分ぐらいだろう。
ネットで放送番組を流すときの障害
しかし多くの場合、
彼らがもってる番組をそのままネットに流すことはできない。
以前解説したとおり、著作権の世界では
「放送」と「インターネット」は全くの別物として扱われている。
「放送」の許可は得られていても、
ネットで流すこともまでの許可は得ていない。
だからテレビ局が
「放送と同時に行うネット配信等を放送と同じ扱いにしてほしい」
と言っているのは理解できる気がする。
ただ、もう少し丁寧に考えてみよう。
彼らが番組をネットに流したいときに障害になるのは、
具体的には何なのだろう?
出演者?
やっぱり、タレントや俳優などの出演者だろうか?
違う。そうではない。
これは素人の発想だ。
ほとんどの出演者はプロなので、
ネット配信についてちゃんと理解がある。
交渉が成立する。
出演者を束ねる団体もあるので、
一本化した窓口で交渉できることも多い。
タフな交渉にはなるだろうが、ほとんどの場合、
ネットで流すうえでの致命的な障害にはならない。
では、誰の権利が障害になるのか?
音楽?
音楽に関する権利者が障害なのではないか?
これは、ある程度は業界を知っている人の回答だ。
いい線いっている。
以前解説したが、放送に関してはテレビ局が
かなり自由に音楽を使える制度・契約が整っている。
だからテレビ番組にはたくさんんのBGMが付けられている。
しかし、放送とネットでは権利の働き方が変わる。
放送がOKだった音楽がネットもOKとは限らない。
だからテレビ局は人手をかけて
音楽の権利を調べなおさないといけなくなる。
もしネットがNGだったり権利関係が不明だったりしたら、
あらためてBGMを付け直さないといけない。
これはかなりの手間(人件費)だ・・・・・
というわけで、音楽に関する権利はある程度の障害にはなる。
しかし決定的なものではない。
結局のところ、それなりの手間をかければ乗り越えられるのだ。
その他の権利者
では番組をネットで流すうえで、何が障害なのか?
正解は、「その他もろもろの関係者」だ。
テレビ番組は、ひじょうに多くの要素を「材料」にして
出来上がっている。
歴史番組を作るときに研究者から借りた貴重な資料。
交通事故の決定的な瞬間が撮影された映像。
旅番組のロケ中に出会って出演してくれた現地の親切な人。
取材NGなのに無理をきいてOKしてくれた定食屋さん。
地方の新聞社から借りた昔の街並みの写真。
マイナーなスポーツの選手のインタビュー。
まもなく発売になる注目の新商品。
謎の真相を知る人物の証言。
などなど・・・・。
「出演者」「音楽」「原作者」などと、
分かりやすいカテゴリーに入らない雑多なもろもろの要素だ。
著作権的に考えると、「権利」とは言えないものもあるが、
テレビ局の立場からは無視はできない。
放送のOKが取れたからといって、ネットがOKとは限らない。
ほとんどのものについて、
「ネットでも流してOKですか?」と追加で確認をとることになる。
「OKです!」と即答してくれる人もいるが、
そうでないことも多い。
「ネットって、いつまでも流されるんですか?」
「世界中で見られちゃうんですか?困るな~」
「それならあの部分だけはカットしてください」
「それなら使用料を追加で支払ってください。」
「その使用料は1年分です。
来年もネットで流すなら改めて申請してください」
など、色んなパターンで対応が求められることになる。
それでも相手と話ができるだけ良い方だ。
連絡先が分からなくなってしまった人も多い。
そうなるともうお手上げだ。
問題にはならないと考えてそのまま流すか?
再編集してその部分をカットするのか?
カットしても番組のストーリーは成立するのか?
再編集にかかるコストは?
そのたびに判断が必要になる。
色んな相手がいるので、一律のルールでは対応できない。
コストはどんどんかさんでいく・・。
番組をネットで流すうえでの最大の障害は、
「その他もろもろ」なのだ。
学識者と現場
政府の検討会に出席する学識者や官僚たちは著作権に詳しいので、
「ネットで番組が流せない?
それなら検討しよう。
問題は原作者の権利なのかね?実演家の権利なのかね?
音楽の著作隣接権の問題なのかね?
それとも、裁定制度の問題なのかね?」
と、法律にのっとって整理・理解しようとする。
しかしテレビ番組の制作現場では、
法律的に「名前のついた問題」で悩んでいるわけではない。
もっと細々とした泥臭い
「その他もろもろ」のことで悩んでいるのだ。
学識者たちの議論と現場の悩みは、なかなか噛み合わない。
テレビ局の要望
テレビ局としては、このモヤモヤした状況を何とかしたい。
「放送でOKがとれたら、ネットでもOKってことになったら、
ラクでいいのにな~」
とぼんやりと考えてはいただろう。
かといって、決定的な解決策や妙案があるわけでもない。
もし法律上は「放送とネットが同じ」になったとしても、
世間の常識や、人々が日常的に使う言葉の意味が
その日から変わるなんてことはない。
「知らないうちにネットで流された!
放送はOKしたけどネットはOKした覚えはないぞ!」と
苦情を受けたときに
「昨日から著作権法上は放送とネットは同じものになりました。
だから問題ございません」
と対応できる勇気のあるテレビ局は存在しない。
「放送だけじゃなくネットでも流しますけど、良いですか?」
と確認する実務がすぐに変わることはないだろう。
テレビ局もそのことは分かっていたと思う。
そんな中、
規制改革推進会議で著作権を改革するための追い風が吹きはじめた!
テレビ局として、どんなことを要望しよう?
おそらく各局が集まって何らかの会議が開かれたのだろうが、
最初に書いたとおり、各テレビ局が向いている方向は一致していない。
NHKは同時配信が大事だが、民放は同時ではない配信の方が大事だ。
とりあえず「同時配信等」という少し曖昧な言葉を使うことにした。
これなら「見逃し配信」ぐらいまでは含められるかもしれない。
でも、それ以上に具体的な部分で意見はまとまらなかった。
仕方なく、とりあえず、最大公約数的に
「放送と同時配信等を同じにしてほしい」という、
彼らがぼんやりと願っていたことを、
ぼんやりとしたままで要望することになった。
おそらく彼らに緻密な戦略はない。
もし奇跡的に要望が通って放送とネットが法律上は同じになったとしても、
実務の現場に大きな変化はない。
それでも何か要望は出したい。
「放送と同時配信等を同じにしてほしい」
この方向で少しでも何かが動けば、悪い方向にはいかないだろう・・。
テレビ局の思惑としては、こういうことではないだろうか。
かなり大雑把な作戦だが、議論はどう進むのだろうか・・・
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