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冬の日差しに感謝しよう

冬の本

本格的な冬が来る前に、読んでほしい本がある。

 

八甲田山死の彷徨』

 

戦後に活躍した小説家・新田次郎氏の傑作だ。

 

 

日露戦争が目前にせまっていた時期。

ロシアとの戦いに備えるため、

日本陸軍は寒冷地での予行演習をする必要があった。

雪と寒さの中で、どれだけのスピードで移動できるのか?

どんな装備や食料が必要なのか?

そこで、青森県の2つの部隊に

真冬の八甲田山を踏破させてみることにした。

 

軍の上層部は軽く考えていたが、

冬山の厳しさは想像を絶していた。

観測史上最大の寒波が襲ってきていた。

命がけの任務となった。

 

吹雪がつづき全く先を見通せない中、

胸の高さまである雪の中を泳ぐように進む隊員たち。

手足の感覚が失われていく。

持ってきた食料はカチコチに凍って食べられない。

それでも進まないといけない。

あたりは一面真っ白だ。

ただただ、寒い。

疲れた。

何も考えることができない。

眠ってしまいたい。

 

こんな隊員を率いる隊長には、ものすごい重圧がかかる。

作戦を成功させないといけない。

遭難してしまえば、自分のせいで隊員の命が奪われる。

でも、先は全く見通せない。

この道で正しいのか自信がない。

進むべきか?戻るべきか?

休憩したくても休むと体温が下がって危険だ。

悩んだ末に決断をくだしても、上司や部下が言うことを聞かない。

どんどん追い詰められていく・・。

 

2つの部隊のうち一方は、

周到な準備と隊長の果断な行動のおかげで

全員が生きて山を下りることに成功する。

 

しかしもう一方は、

準備不足、指揮系統の乱れ等によって遭難してしまう。

隊員は次々と凍死し、部隊はほぼ全滅となった。

 

 実際に起きた悲劇をモデルにした物語だ。

 

寒さの描写

新田氏は山の厳しさを書き続けた作家だが、

この小説での寒さと疲労の描写はすさまじい。

 

「彼等は歩きながら眠っていて、突然枯木のように雪の中に倒れた。二度と起き上がれなかった。落伍者ではなく、疲労凍死であった。前を歩いて行く兵がばったり倒れると、その次を歩いている兵がそれに誘われたように倒れた。」

 

「雪の中に坐りこんで、げらげら笑い出す者もいた。なんともわけのわからぬ奇声を発しながら、軍服を脱いで裸になる者もいた。」

 

「「小便がしたい、誰か釦(ボタン)をはずしてくれ」

 と悲痛な声で叫ぶ者がいた。返事をする者はなかった。寒さと睡(ねむ)さで頭が朦朧としていて他人の世話をする気も起らないのであった。尿意を催して、叫ぶ者はいい方であった。声も発せずそのまま用便をたれ流す者が出てきた。異常な寒さのために急性の下痢を起こすものがあった。ズボンをおろしたくても、手が凍えてそうすることができなかった。悲惨を通りこして地獄図を見るようであった。自らの身を汚した者の下腹部は、その直後に凍結を始めた。彼等は材木が倒れるように雪の中に死んでいった。」

 

 

感想

読みながら、その恐ろしい描写に圧倒されてしまう。

冬山に立ち向かう人間の無力を思い知らされる。

適切な温度、風速、視界、食料・・

そういったものがたまたま揃っているから、

我々はこうして生きていられるのだ。

 

人工知能がもてはやされる時代でも、

ネット上で無限の選択肢を得られても、

拡張現実で自分の能力が上がったように感じても、

人間はどこまでいってもフィジカル(物理的・肉体的)な存在なのだ。

 

この本を読み終えた後に外出した。

良い天気だった。

暖かい太陽の光に包まれた。

幸せをジーンと感じた。

 

 おススメ

本格的な冬が来る前に、ぜひ読んでほしい。

冬の日差しだけでハッピーになれる。

太陽は無料だ。素晴らしい。

 

小説に登場する人物もみんな魅力的だ。

 

任務に対して真剣だからこそ、

部下や案内人へ冷たい態度をとる徳島大尉の二面性。

平民出身だというコンプレックスをバネに

頑張ってきた神田大尉の無念。

悲劇を引き起こした悪者として描かれる山田少佐の涙。

道具のように扱われる案内者たちの悲哀。

 

誰に対しても感情移入できる。

 

文章も非常に読みやすい。

これが50年前に書かれたものとは思えない。

技巧にたよらず平易な文を積み重ねることで、

これだけ心を揺さぶる小説が書けるのだ。

私もこんな文章が書けるようになりたい。

 

八甲田山死の彷徨』はおススメだ。

 

この作家の作品が気に入ったのなら、短編集も読んでみてほしい。 

 

 

自然の厳しさを肌身に感じると同時に、

自分のおかれた環境に感謝できるようになる。

 

冬は自宅に閉じこもって、本を読もう!

 


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