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整形アイドルの顔は誰のもの? 肖像権の深淵に挑む(4)

おさらい

ここまで3週にわたって肖像権について見てきたが、

簡単におさらいしておこう。

まとめると、以下だ。

 

・肖像権について定めた法律は無い。

・肖像権は、あいまいな権利。

 だからこそ「私には肖像権がある!」と強く主張する人もいるので、

 注意が必要。

・肖像権は、「肖像権」と「パブリシティ権」に分けられる。

 

・肖像権は、自分の姿を勝手に撮影されること、

 撮影されたものを公表されることについて

 「イヤだ!ダメだ!」と言える権利。

・肖像権侵害になるかどうかは、

 「相手に分かるように撮影していたか?」

 「撮影される人は何をしていたか?」

 「撮影・公表する目的は正当なものか?」

 など色んな要素を考えて、最後は常識的に判断するしかない。

 

パブリシティ権は、

 タレントパワーを商売目的で人に勝手に使わせない権利。

パブリシティ権侵害になるかどうかは、

 タレントの顔や名前(タレント肖像)を使った人の動機を分析して、

 「タレントパワー目的が90%以上」と言えるかどうかによる。

・目安として大事なのは、以下の3類型に当てはまるかどうか。

 1.タレント肖像それ自体を見て楽しむための商品。

 2.他の商品より目立たせて買ってもらいやすくするために

   タレント肖像を付けた商品。

 3.タレント肖像を使った広告。

 

今のところ肖像権ついてはっきり分かっているのは、

上記ぐらいのことだ。

 

ここから先は、よく分かっていない論点も考えてみたい。

 

肖像権そのものからは少し離れた議論になるかもしれないが、

「そもそも顔とは?」と考えてみるもの、

肖像権への理解が深まって良いと思う。

 

スズキ君の再異変

最近、またスズキ君の様子がおかしい。

ヤマダ君と2人で有村架純さんについて語る例会をしていても、

ぼーっとしている時間が多い。

モゴモゴと独り言をいっている。

耳を澄ませてその内容を聞いてみると・・

「・・アイリ・・・アイリ・・・」

とか言っている。

いったいどうしちゃったのか?

 

「ねえ!スズキ君!どうしたの?」

「あぁ・・・・ん?聞いてる、聞いてる。」

「アイリって誰のこと?」

「(ドキっ)いや!・・その・・実は・・・

 有村架純さんの他に気になる女優さんがいるんだ」

「そんな・・有村さん一筋だった君が?」

「うん・・彼女にお姉さんがいるの知ってる?

 有村藍里さん。

 彼女も女優さんでアイドルなんだ。

 映画『Bの戦場』での熱演は素晴らしかったよ」

 

それから延々と1時間も有村藍里について語ったスズキ君は、

最後にこう付け加えた。

 

「僕、彼女の生き方にも共感してる。

 藍里さんは整形してるんだ。

 そしてそのことを公表してるんだ。

 彼女はこう言ってる。

 「自分の写真をみても、何かしっくりこなかった。

  自分の顔にコンプレックスがあった。

  だから整形を決意した。

  整形後は内面も変わった。

  明るく、自分らしく生きられるようになった」って。

 ねえ?すごいと思わない?」

「う、、うん。そうだね」

 

●<有村藍里、整形公表後インタビュー>番組で公表した理由「失うものはない」 見た目にコンプレックスを持つ女の子たちに伝えたいこと

https://mdpr.jp/interview/detail/1828447

 

「実は、僕が有村架純さんのグッズ販売をやめることができたのも、

 彼女のことを知ったからなんだ。

 藍里さんの生き方から教わったんだ!

 人は自分の意志で変われるっんだって!」

「そうだったんだ・・」

「だから僕、これからは架純さんだけじゃなく藍里さんも応援するよ」

 

こうして2人の「例会」は、

「藍里と架純について語る会」に変わった。

 

でも、ヤマダ君は架純さん一筋だ。

藍里さんにはそんなに興味が持てない。

ますます熱のこもるスズキ君の「藍里トーク」についていけない。

つい、こんなことを言ってしまった。

 

「でも・・やっぱり藍里さんが整形したのはもったいない気がするな。

 せっかく架純さんのお姉さんの顔をもって生まれてきたのに。

 それに、整形前の藍里さんを応援してきたファンにとっては、

 急に顔が変わってショックだったんじゃないかな・・」

 

スズキ君の顔が少しひきつる。

 

「ヤマダ君、今のは聞き捨てならないな。

 彼女の顔は彼女のものなんだよ。

 自分の思う顔と実際の顔が違っていた彼女が、

 悩んだ末に自分の意志で選び取った顔なんだ。

 それを否定するなんて、誰にもできないよ!」

 

さすがスズキ君。

理屈ではとても敵わない。

 

それでも、ヤマダ君は何だかモヤモヤしたものを感じてしまう・・・

 

顔は誰のもの?

以前書いたとおり、

「あなたの顔」と「あなたの中身」つまり「アイデンティティ」は、

切っても切り離せないものだ。

あなたの人格を表しているものが、顔なのだ。

(だから、顔に関する話はデリケートな話題になりやすい。)

自分の顔は「自分のもの」だ。

間違いない。

 

一方で、顔には別の意味合いもある。

例えば、あなたの運転免許証やパスポートを見てほしい。

あなたの顔が貼ってある。

警察や出入国の審査官が、目の前にいるあなたを

「間違いなくあなただ」と確信できるのは、

写真と顔が一致しているからだ。

友人や恋人と待ち合わせをして出会うことができるのは、

あなたがあなたの顔をもっているからだし、

家族や親戚が「血縁の絆」を感じられるのは、

顔が似ているから。という要素もあるはずだ。

(「この子、目もとがおじいちゃんにそっくり!」)

顔は、人があなたを他の人と見分けるための「目印」という役割も

もっている。

自分だけの意志で簡単に変えてしまえたら、

周りの人が困ってしまう。

あなたの顔は「社会のもの」でもあるのだ。

ヤマダ君が引っかかったのも、このポイントだ。

 

顔の改変権

昔なら、こんな議論に大きな意味はなかった。

顔を変えるなんて、不可能だったからだ。

でも今は違う。

整形は手軽にできるようになりつつある。

整形までいかなくても、

メイクで「盛る」のは普通のことだ。

別人のようになることが出来る。

ネット上には加工されたプロフィール写真が飛び交っている。

自分の顔を選ぶことができる時代になった。

 

「自分の顔は自分のものだ」と信じる人を「自分派」と呼ぼう。

親やDNAによって与えられた顔は、本当の自分ではない。

自分の顔へのコンプレックスは本当に辛い。

顔は自分の内面を反映させつつ、

自分の意志で選び取り、作り上げるものなのだ。

 

「自分の顔は社会のものでもある」と信じる人を「社会派」と呼ぼう。

顔は社会があなたを認知するために必要なものだ。

生まれたままの顔が、あなた自身を表すものなのだ。

勝手にコロコロと変えて良いはずがない。

 

自分派の人々は「整形するのは個人の自由だ」と主張するだろう。

整形が一般的な韓国では「自分派」が主流のように思われるだろうが、

根強い「社会派」からの反発もあるようだ。

 

K-POP界の過剰な美容整形問題、韓国政府が提言

https://rollingstonejapan.com/articles/detail/30065

 

女性も多くは「自分派」らしい。

男性が無神経に「素顔の方がかわいいね」とか言ったりすると、

すごく怒られる。

「メイクの努力を全否定された気持ちになる」というのが、

彼女たちの主張だ。

彼女たちにとっては、自分の意志で盛った顔が「本当の自分」なのだ。

 

パスポート、免許証、社員証、学生証など、

公的な意味を持っている写真では、❝盛った写真❞は許されない。

カラーコンタクトで申請すると撮り直しを要求されてしまう。

彼らにとって顔は「社会のもの」だ。

 

●外務省 パスポート申請用写真の規格

https://www.mofa.go.jp/mofaj/toko/passport/ic_photo.html

 

自分の顔は誰のものなのか?

「顔の改変権」は、個人が独占しているのか?

考え出すと、けっこう切実な問題だと分かる。

 

もう少し考える

「顔の改変権」を掘り下げると、ますます不可思議な話になっていく。

 

・整形したら、整形前の顔については肖像権が働かなくなるのか?

 「今の顔」が本当の自分つまり人格と結びついているのなら、

 「過去の顔」はもはや関係ないってことなんじゃないの?

 それとも、何度も整形を繰り返す人は複数の顔に肖像権があるの?

 

・自分の顔を有名人そっくりに変えることは、自由にできるのか?

 浜崎あゆみそっくりになるためには、彼女の許可が要るのか?

 そっくりになってCM出演しても良いのか?

 本人だと偽るのは良くないとしても、

 「あくまでも別人です」と表示さえすればOKか?

 

・インスタグラムが肖像権を尊重した新しい機能を開発!

 撮影されたあなたの顔を、あなた好みに改変できます!

 例えそれが、人が撮影してアップしている写真でも。

 → 「友達と行ったカラオケ楽しかった~」とアップした写真が

   知らないうちに改変されてる!

   あなたと仲良く肩を組んでいるのは、

   お目めぱっちりの知らない人だ!

   友達に確認したら、こう言ってきた。

   「あ~、私の顔イマイチだったから加工しといた。

    私の顔は私のものなんだから、いいでしょ?」

 

・ある東南アジアの国では、国王が全国民から敬愛されている。

 肖像画があちこちに貼ってある。

 ある日、国王がこう言い出す。

 「俺、整形したい。白人みたいな顔立ちになりたい」

 こんなことは許されるのか?

 国民の気持ちはどうなってしまうのか?

 

顔を自由に作り変えることができる時代には、

顔が変わらないことを前提にしていた社会の仕組みが

揺さぶられてしまうのだ。

 

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ここで挙げた論点について、今のところ明快な答えは一切ない。

スズキ君の意見もヤマダ君の感覚も、どちらも正しいのだ。

 

いずれは「顔は誰のもの?」という議論が必要な時代が来ると思う。

そのときになって極端な意見に引っ張られないように、

今のうちから考えを巡らせておいても良いと思う。

 

次回はもう少し話を広げて、顔以外の要素についても考えてみよう。

ヤマダ君の物語も、あと少しだけ続く。


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