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タレントの本やグッズを勝手に発売しても大丈夫なのか? 肖像権の深淵に挑む(3)

「肖像権」は、

「肖像権」と「パブリシティ権」の2つの権利に分けられる。

今回は「パブリシティ権」の方について説明しよう。

 

スズキ君の異変

最近、スズキ君の様子がおかしい。

ヤマダ君と2人で有村架純さんについて語り合っているときも、

何だか身が入っていない。

 

「昨日『ナラタージュ』を見返してみたんだけど、

 有村さんの演技について、新たな発見をしたよ。

 ・・・・ねえ!スズキ君!聞いてる?」

「あぁ・・・・ん?聞いてる、聞いてる。

 ごめん、ヤマダ君。僕もう行かなきゃ。

 打ち合わせの予定が入ってるんだ」

「打ち合わせ?何の?」

「それはまだ秘密だよ」

そう言って「お~いお茶」を残して、そそくさと立ち去っていく。

2人の「例会」は、開かれなくなった。

 

次にスズキ君と会えたのは、3か月後だった。

「いやーー、ごめんごめん。

 なかなか時間つくれなくて」

「久しぶりだね。何でそんなに忙しかったの?」

「実はね・・・これを作ってたんだ」

 

スズキ君が取り出したのは、1冊の本だった。

タイトルは

ムッシュ・スズキのカスミレビュー!完全保存版!

 これで有村架純の全てが分かる!』。

表紙の真ん中にポーズを決めたスズキ君が輝いている。

 

彼は誇らしげだ。

「実は、出版社から僕にオファーがあったんだ。

 「あなたのブログを是非とも出版させてほしい」って。

 僕の有村さんについての知識を全て詰め込んで、

 最高の本ができたよ!」

「そうだったんだ・・・おめでとう!

 きっと全国のファンが喜んで買うと思うよ」

「ありがとう。

 本の印税が入ってきたら、ヤマダ君にもご馳走してあげるね」

 

スズキ君のブログの中でも人気コーナーだった、

「豆知識クイズ」を中心に構成した本だという。

「問題:有村架純が最初に出演したドラマは?

 答え:『ハガネの女

 ムッシュの視点:実は、当時の有村さんは役作りのために

 ドラマの役柄と同じような環境で特訓を・・・

 ・・彼女の仕事熱心さがよく分かるエピソードだ」

のような内容の本になっている。

「スキマ出版」という聞いたこともないような弱小の出版社から、

来週発売されるらしい。

本の中をみてみると、ズズキ君の文章の他に、

有村さんが出演した映画やCMの写真がところどころに使われている。

 

「すごい。よくこんな写真使えたね」

「うん。写真の著作権の許可は出版社がとってくれたんだ」

「有村さんか、有村さんの事務所の許可はどうしたの?」

「あ~、うん。

 実は・・・とってない」

「え!なんで?」

「出版社の人に「有村さんの権利については、

 専門家のズズキ先生にお任せしたい」って言われて、

 つい「任せてください!」って答えちゃって。

 でも、以前ヤマダ君が有村さんの事務所に許可をとろうとして

 断られた話を思い出したんだ。

 どうしても出版したかったし・・。

 だから、許可はとってない」

「で、でも、大丈夫なのかな?

 権利とか色々むずかしい問題になるんじゃないかな?」

「きっと大丈夫なんじゃないかな?

 悪口を書いてるわけじゃないし。

 あくまでも女優としてのお仕事について書いてるだけで、

 彼女の私生活を暴くようなことはしてないんだから」

「それはそうだけど・・・出版社もスズキ君も、

 有村さんを使ってお金儲けすることになるわけだから、

 無断でやるのはマズい気がするよ・・・」

 

パブリシティ権

ヤマダ君がひっかかっているポイントが

パブリシティ権」と言われる権利だ。

タレントやスポーツ選手などの有名人には、タレントパワーがある。

彼らの名前や顔がメディアや広告に使わていると、

ついつい目がいってしまう。

興味が引かれてしまう。

 

パブリシティ権は、

「タレントパワーを商売目的で人に勝手に使わせない権利」だ。

 

かといって、タレントの名前や顔(以下「タレント肖像」)を

ほんの少し使うだけで

なんでもかんでも「権利侵害だ!」と言われたら困ってしまう。

何らかの基準が必要だ。

 

権利の侵害になるかどうかの判断基準は、

キング・クリムゾン事件」と「ピンクレディー事件」という

2つの裁判で明らかになった。

 

【判断基準】

 ●「専ら(もっぱら)基準」で判断しましょう。

 ●「専ら基準」で考えるための目安として

  「3類型」を当てはめてみましょう。

 

以下、説明しよう。

 

専ら基準 

「専ら基準」では、

タレント肖像を使った人の「動機」が問題になる。

 

あなたはなぜ彼女の写真を使ったんですか?

タレントパワーに乗っかりたかっただけなんじゃないですか?

写真を使った理由のうち90%以上が、

「タレントパワーに乗っかること」なら、

それはパブリシティ権侵害です!

ということになる。

 

逆に、

「タレントパワーを利用したいという気持ちも少しはあったけど、

 それは全体の90%には達していません。

 せいぜい70%ぐらいです!」

と言えるのなら、パブリシティ権侵害ではない。

 

※「専ら」「もっぱら」の言葉の意味は

 「他はさしおいて、ある一つの事に集中するさま。

  ひたすら。ただただ。」

 数値化するなら「90~100%」ぐらいのイメージのようだ。

 裁判官が「専ら」という言葉を使ったので

 「専ら基準」と言われている。

 

もちろん、本人が「俺の気持ちのうち70%だ」と言い張れば勝てる

というものではない。

タレント肖像の利用状況が客観的に分析された上で判断される。

 

パブリシティ権侵害にあたるかどうかは、

使った人の「動機」を分析し、

タレントパワー目的が90%に達しているかどうか?が基準になるのだ。

 

3類型

基本的には「専ら基準」だけで判断すれば良い。

でも、人の動機の中身を他人が理解するのは難しい。

そこで目安として示されたのが「3類型」だ。

以下の3つのパターンのどれかに当てはまれば、

「タレントパワー目的が90%に達している」と言えるだろう。

ということになっている。

 

パターン1

タレント肖像それ自体を見て楽しむための商品。

 例:アイドルの写真集

 

パターン2

他の商品より目立たせて買ってもらいやすくするために

タレント肖像を付けた商品。

 例:パッケージにアイドルの写真を使ったお菓子

   「イチローモデル」という名前のついた野球用品

 

パターン3

タレント肖像を使った広告。

 例:女優の写真を使った化粧品のポスター

 

この3つのうちどれか1つに当てはまるか?が焦点となる。

(3類型以外のパターンの可能性が全くないわけではないが、

 実務上はこの3つが主戦場)

 

どれかに当てはまればパブリシティ権侵害の可能性がすごく高い。

逆に、当てはまらなければ侵害ではないという結論へ

強く引っ張られることになる。

 

「専ら基準」と「3類型」。

覚えておこう。

 

基準が示された結果

この基準は最高裁判所が示したものなので、

国内の裁判は全てこれに従うことになった。

その結果、タレントがパブリシティ権で訴えても、

なかなか勝てないようになってしまった。

(ちなみに、キング・クリムゾンピンクレディーも負けている)

 

あからさまな❝タレントグッズ❞でない限り、

「利用目的の90%以上」や「3類型に当てはまる」を証明することは

非常に難しい。

微妙なケースでは、ほとんどの場合タレントが負けてしまう。

 

パブリシティ権というものが存在する」ということが

ハッキリした一方で、

パブリシティ権は使い勝手が悪い」ということも

ハッキリしてしまったのだ。

 

スズキ君の暴走

ヤマダ君は前に相談したことのある弁護士にスズキ君を紹介した。

弁護士の意見はこうだ。

「この本は有村さんの女優活動について評論することが目的で

 書いた本ですよね?

 タレントパワーに乗っかりたいという気持ちも

 頭の片隅にはあったでしょうが、

 それが気持ちの90%以上だったとまでは言えないですよね?

 3類型にモロに当てはまるものもないですし、

 おそらくパブリシティ権侵害にはならないでしょう。

 それに、日本には言論・出版の自由があります。

 法律的には負けないでしょう。

 ただし、トラブルを避けるために有村さんの事務所に

 「ごあいさつ」だけはしておいた方が安心だと思います」

 

弁護士事務所からの帰り道、スズキ君は気持ちを固めたようだ。

 

「僕、有村さんの事務所には連絡しないことに決めたよ。

 そもそも権利侵害じゃないんだし。

 それに、発売は来週にせまってるんだから、今さら引き返せないよ。

 ヤマダ君もそう思うでしょ?」

「う~ん。それはそうかもしれないけど・・・

 法律的には大丈夫だとしても・・・有村さんの気持ちはどうなるの?

 ファンから勝手に本を出されたら、

 悲しい気持ちになるんじゃないかな?」

「大丈夫だよ!

 きっと有村さんだって喜んでくれるよ!」

 

こうして、有村さんサイドには無断で本が発売された。

 

そして、当然のように有村さんの事務所からスキマ出版社に

抗議の電話がかかってきた。

「当社の有村の権利を侵害しています!

 今すぐ販売を止めてください!」

 

最初はうろたえたスキマ出版社だったが、

この事態を逆手にとって利用することにした。

有村架純が出版停止を要求した、あの❝禁断の書❞が、

 緊急発売!!

 手に入るのは今だけかも!!

 書店へ急げ!!」

こんなキャンペーンを展開したのだ。

 

弱小出版社としては、記録的なヒット本となった。

スズキ君もちょっとした有名人になった。

 

調子にのったスズキ君、今度はゲームソフトを作ることにした。

 

本に掲載されていた豆知識クイズが次々と出題され、

レベルが上がるとムッシュ・スズキと直接対決できるという設定らしい。

当然、有村さんの許可はとっていない。

「本がパブリシティ権侵害じゃないのなら、ゲームだってOKのはずだ。

 どちらも❝メディア❞であることに変わりはないんだから。

 表現形式が違うだけの話さ」

スズキ君はそんなことを言っているという。

 

ヤマダ君が思い切って電話しても、

まともに話を聞いてもらえない。

「え?ヤマダ君?ちょっと今忙しいんだけど」

「スズキ君すごいね。大活躍だね。

 でも・・有村さんをゲームにするのはやりすぎなんじゃないかな?」

「君の意見なんかいらないよ!もうかけてこないで!」

 

スズキ君は、すっかり人が変わってしまった・・

キラキラした目で有村さんの魅力を語っていた彼が懐かしい。

もうあの頃には帰れないのだろうか・・・

 

スズキ君の暴走は止まらない。

今度はTシャツを発売するという。

シャツの表にはクイズの問題が書いてあり、

裏には答えが書いてある。

それなりに需要があるらしい。

「僕にとってはTシャツだってメディアだよ!

 Tシャツを通じて有村さんの魅力を広めたいのさ!!」

スズキ君はパブリシティ権侵害にはならないと考えているようだ。

 

ゲームならNG?Tシャツなら?

スズキ君のしていることは、大丈夫なんだろうか?

 

ブログ → 本 → ゲーム → Tシャツ

 

表現している内容自体はどれも同じだ。

でも、右に行くに従って、❝マズイ感じ❞がしてくる。

 

ブログは、ほとんどの場合は個人メディアなので、

自由に何でも書いていい気がする。

本は、伝統的に自由な言論をすべき媒体だったので、

それを規制してはいけない気がする。

ゲームだと、「メディア」というよりは「商品」に近い気がする。

Tシャツになってしまうと、完全に「タレントグッズ」だ。 

これは「アウト」だろう。

 

「専ら基準」と「3類型」。

基準は明確になったものの、

実際には簡単に判断できないものもある。 

パブリシティ権については

まだまだ分かっていないことが多いのだ。

 

暴走の顛末

ムッシュ・スズキの勢いは、長く続かなかった。

有村さんの許可なくビジネスしているという噂が流れ、

ファンから嫌われてしまったのだ。

ネット上では、スズキ君への非難や悪口が吹き荒れた。

誰も彼の商品を買わなくなった。

ブログの更新も止まってしまった。

 

それから1年後。

ヤマダ君にメッセージが届いた。

 

「ヤマダ君へ

 ご無沙汰しています。スズキです。

 このあいだは、ひどいことを言ってごめんなさい。

 せっかくアドバイスしようとしてくれてたのに。

 僕は本当に有村さんに喜んでほしくて、あの本を作ったんだ。

 でも、事務所から抗議が来てしまった。

 それ以来、僕が有村さんを傷つけてしまったんじゃないかって、

 そんな気持ちになって苦しかったんだ。

 だから、自分でも歯止めがきかなくなって

 次々とグッズを作っちゃったんだ。

 今は本当に反省している。

 昨日、有村さんの事務所にも謝ってきたよ。

 ねえ、ヤマダ君。

 君さえよかっら、また「例会」をしようよ。

 ヤマダ君の『ナラタージュ』談義を聞きたいんだ。

 どうかな?   スズキ」

 

ヤマダ君はさっそく返事をうった。

 

「じゃ、土曜日はどう?

 『コーヒーが冷めないうちに』についても語ろうよ!」

 

(つづく)

 

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次回は、肖像権についての様々な論点について考えていこう。

 

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