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自分の顔が勝手にネットにのせられた場合、訴えたら勝てるのか? 肖像権の深淵に挑む(2)

前回の記事では「肖像権」と一言でいっても、

「肖像権」と「パブリシティ権」の2つの権利に分けられることを

説明した。

 

今回は「肖像権」の方についての判断基準、

つまり「肖像権で訴えた場合に勝てるかどうか」の基準について

解説したい。

 

ヤマダ君の近況

前回登場したヤマダ君に再登場してもらおう。

有村架純さんの大ファンの、あのヤマダ君だ。

 

ブログに彼女の写真を使おうとして断られてしまったが、

有村さんへの思いは依然として燃えている。

ブログ「Mr.ヤマダのカスミウォッチ!」に、

有村さんについての評論記事を書きつらねている。

ブログのメッセージ機能を通じてズズキ君という人と知り合った。

彼も有村さんの大ファンだという。

スズキ君のブログタイトルは

ムッシュ・スズキのカスミレビュー!」だ。

なかなか良い記事を書いている。

 

ヤマダ君とスズキ君は直接会うようになった。

話してみるとスズキ君は、いい奴だった。

しかも、ヤマダ君さえ知らないようなマニアックな「有村ネタ」を

沢山しっている。

2人で「お~いお茶」を飲みながら、

何時間も有村さんについて語り合う時間が楽しい。

2人は親友になった。

 

そんな彼らに魅力的なイベントのお知らせが届く。

「「あまちゃん」女優・ファンの集い」。

人気ドラマ「あまちゃん」に出演していた女優のファンが

一堂に会して、交流できるイベントだ。

これに参加すれば、沢山の人と思う存分に語り合うことができる。

参加しない手はない!

 

日曜日の午後、ヤマダ君とスズキ君は

イベント会場となっている代々木公園へ出かけて行った。

 

そこには多くの人が集まっていた。

能年玲奈(のん)さんのファン。

橋本愛さんのファン。

松岡茉優さんのファン。

もちろん、小泉今日子さんのファンも。

 

これは負けていられない。

ヤマダ君とスズキ君は人込みに飛び込み、

「有村愛」について熱く語る。

しかしライバルたちも負けず劣らず熱い。

それぞれの「能年愛」「橋本愛」について語りまくる。

「やっぱり能年さんがウニをとるシーンが・・」

「いや、有村さんの髪形が・・」

「じぇじぇじぇ!」

楽しい。

あっという間に時間が過ぎていく。

 

この一風かわったイベントに新聞記者も来ているようだ。

「読切新聞」と書かれた腕章をつけて、パシャパシャと写真をとっている。

ライバルたちと討論している自分が撮影されたときは、

有村ファンである自分に対して誇らしい気持ちにさえなった。

 

こうして素晴らしい日曜日の午後は幕を閉じた。

 

ヤマダ君の肖像権?

翌朝、読切新聞のネット版を見てみた。

載ってる!

イベントの記事と一緒に、自分たちの写真が掲載されている!

さっそくズズキ君に報告だ!

 

「スズキ君!新聞みた?」

「みたよ・・・・ガッカリしてる」

「え?どうして?」

「記事を読んでないの?」

「いや、、まだだけど」

「記事にはこう書かれてるんだよ。

 「代々木公園には300人余りが集まった。

  彼らは人気ドラマ「あまちゃん」に出演している能年玲奈さんや

  橋本愛さんらの大ファンだ。」

 これじゃ、新聞を読んだ人が僕たちのことを

 能年ファンや橋本ファンだと思っちゃうじゃないか・・」

「そ、そんな・・・」

 

これは許せない。

有村ファンであることは、

自分の「アイデンティティそのもの」だ。

それなのに、全く別の女優のファンであるかのように書かれるなんて!

受け入れがたい!

 

普段は温厚なヤマダ君だが、ここだけは譲れない。

読切新聞に抗議の電話をかけることにした。

 

「読切新聞さんですか?ひどいじゃないですか!

 僕らについて間違った情報をのせるなんて!」

「いいえ。弊社の記事は間違っていません。

 全ての女優さんのお名前を書くわけにはいかなかったので、

 「能年玲奈さんや橋本愛さんら」と書いているんです。

 「ら」が付いているから、間違いではありません」

ぐぬぬ・・・。確かに・・」

 

電話を切ったものの、腹の虫がおさまらない。

大切な有村さんを「ら」扱いされた!

これはもう引き下がれない。

ヤマダ君は弁護士に相談することにした。

 

「弁護士さん、読切新聞を訴えることはできませんか?

 「名誉棄損」とか「プライバシーの侵害」とか、

 そういう名目で・・」

「うーん、名誉棄損は厳しいでしょうね。

 明らかな嘘を書いているわけではないですし。

 プライバシーを主張するのも無理だと思います。

 日中に公園で堂々と活動している内容ですから。」

「他の名目でもいいんです。何とかならないんですか?」

「うーん、顔の写真が載せられているんで、

 「肖像権」で訴えることはできなくはないですが・・」

「じゃあ、それで!」

 

こうしてヤマダ君の使えそうな武器は、

肖像権ということになった。

 

肖像権の誕生

日本で肖像権というものが生まれた過程も、

上記のヤマダ君の事例に似ている。

 

京都府学連事件」という裁判があった。

京都の市中をデモ行進していた人を警察官が写真撮影し、

撮られた人が抗議して起きた事件だ。

まちなかを堂々とデモ行進しているわけだから、

「名誉棄損」や「プライバシーの侵害」で争うのは難しい。

困った彼らが編み出した理屈が「肖像権」だ。

全ての人間には勝手に撮影されない自由がある!というわけだ。

この裁判、最終的には

「警察官が捜査のために必要があって撮影することは問題ない」

ということになり、彼らの主張は認められなかったが、

「肖像権」というものがあるらしい。

と世の中に知れわたるきっかけになった。

 

「人権」を考えるときに、

「名誉」でも「プライバシー」でもすくいきれないものがある。

そんなときに使いやすかったのが「肖像権」なのだ。

 

肖像権の判断基準

京都府学連事件の後に、たくさんの肖像権がらみの裁判があった。

裁判所によって肖像権が認められるかどうかの判断基準が

微妙にちがっていた。

だから、肖像権で勝てるかどうかを予測するのは難しかった。

そんな中で最高裁判所が決定的な(と言われる)判断基準を示したのが

「フォーカス事件」だ。

 

和歌山毒物カレー事件の容疑者・林眞須美被告が、

裁判所などで撮影された自分の写真の肖像権をめぐって

写真週刊誌のフォーカスを訴えた事件だ。

(最終的にはフォーカスが部分的に負けた)

 

最高裁はこう言っている。

 

ステップ1とステップ2で考えましょう。

 

ステップ1

まずは、以下の項目を1つ1つチェックして

ポイントを加算しましょう。

・撮られる人の社会的地位

 (一般人、素人ならプラスポイントになる(肖像権が働きやすい)。

  政治家とかタレントとかなら、

  マイナスポイントになる(肖像権が働きにくい))

・撮られる人の活動内容

 (自宅でくつろでいるならプラスポイント。

  屋外で堂々としているならマイナスポイント。

  犯罪的な活動をしているならマイナスポイント)

・撮影の場所

 (自宅や病院内など人から見られたくなさそうな場所なら

  プラスポイント。

  道、駅、公園など普通に人に見られる場所ならマイナスポイント)

・撮影の目的

 (興味本位で私生活を暴くためならプラスポイント。

  みんなのために報道するのならマイナスポイント)

・撮影のやり方

 (隠し撮りならプラスポイント)

・撮影の必要性

・それ以外の要素

 (例えば、写真をもとにイラストにした場合は、

  マイナスポイントになりやすい。

  そのかわり、ひどく不細工に描いた場合は

  名誉棄損になる可能性が少しだけ増える)

上記全てを考えましょう。

 

ステップ2

普通の人がガマンできないレベルで

「勝手に撮影されたり公開されたりしない自由」を侵害されているか?

を考えましょう。

ガマンできないレベルなら、肖像権侵害になります。

 

これが、今のところは肖像権について考えるときの

ただ一つの判断基準となっている。

 

難しい・・

この基準、理解できただろうか?

これで人の顔写真を使っていいかどうか自信をもって判断できるだろうか?

 

正直なところ、非常に使いにくい基準ではないだろうか?

ステップ1で、

いくつもあるパラメーターでプラスとマイナスを細かく計算した挙句に、

ステップ2では「エイヤ!」と白黒を決めないといけない。

 

私は初めてこの判決文を読んだとき、

「まるで政治家の答弁のようだ」と思った。

政治家はよく「全ての要素を検討し、総合的に適切に判断します」

みたいなことを言う。

これでは、ほとんど何も言ってないのに等しい。

まあ、この判決文の方が検討する要素を具体的に挙げてくれているだけ

ずいぶんとマシなのだが・・

 

使うのが難しい基準だが、これしか無いんだから仕方ない。

 

実務上は

現場で撮影しているカメラマンが、

上記の基準を使って肖像権侵害かどうかを瞬時に判断するなんてことは

不可能だろう。

 

実務上は

・撮影していることが誰の目から見ても分かるようにする。

・撮影された人から「私の肖像をつかってもOKです」という

 サインをもらう

というようなことを地道にやるしかない。

 

ほんとうに法的に争うことになったら、

肖像権に強い弁護士に相談しよう。

その弁護士が法律に詳しいかどうかはポイントではない。

(「肖像権法」なんて法律は存在しない!)

肖像権の裁判例をたくさん勉強しているかどうかがポイントだ。

(多くの事例をみていくうちに、

 肖像権の勝敗についてだいたいの感覚はつかめてくる)

 

ヤマダ君の肖像権

ヤマダ君のケースに戻ろう。

 

ヤマダ君は肖像権を使って読切新聞に勝てるのだろうか?

 

まずはステップ1だ。

項目を1つずつチェックしていこう。

 

・撮られる人の社会的地位

 → ヤマダ君は一般人だからプラスポイント。

・撮られる人の活動内容

 → 堂々とみんなの前で討論していたからマイナスポイント。

・撮影の場所

 → みんなが自由に出入りできる公園だからマイナスポイント。

・撮影の目的

 → イベントの様子を多くの人に知らせるためなので

   「公益のため」と言えなくはない。ややマイナスポイント。

・撮影のやり方

 → 記者は腕章をして誰から見ても分かるように撮影している。

  ヤマダ君も撮られているのを分かっていた。

  これは大きなマイナスポイント。

・撮影の必要性

 → 何とも言えない。

・それ以外の要素

 → 何かあるかもしれないが、今回のケースでは考えない。

 

というわけで、

全体的にはマイナスポイント(つまりヤマダ君に不利な点)が多い。

 

次にステップ2だ。

普通の人がガマンできないレベルで

「勝手に撮影されたり公開されたりしない自由」を侵害されているだろうか?

 

ここでは「普通の人」であることがポイントになる。

有村さんの熱狂的ファンであるヤマダ君の感覚は基準にならない。

あくまで架空の「普通の人」をイメージして、

その人の感覚で判断しないといけない。

 

・普通の人なら、女優のファンイベントに参加している姿を撮られたり、

 公開されたりすることをガマンできるだろうか?

・普通の人なら、本当は有村架純のファンなのに、

 能年玲奈のファンであるかのように写真を使われることを

 ガマンできるだろうか?

 (「普通の」感覚なら、大きな違いはないかも??)

 

最後は「エイヤ!」で決めることになる。

 

私は、このケースなら「肖像権侵害ではない」と判断する。

みなさんはどう感じるだろうか。

 

その後のヤマダ君

弁護士から肖像権について詳しく説明してもらったヤマダ君は、

読切新聞を訴えるのは諦めることにした。

くやしいけれど、仕方ない。

 

嫌なことは忘れてしまおう。

 今後も「Mr.ヤマダのカスミウォッチ!」を通じて、

有村さんの素晴らしさを世の中に広めていけばいいさ!

 

しかし彼はまだ知らなかった。

あの写真が、思いがけない出会いをもたらすことを・・・

 

(つづく)

 

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肖像権について悩んだら、今回紹介した基準を思い出してほしい。

 

次回は、パブリシティ権について解説しよう。

 

 

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