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歌手たちの大胆な戦略変更(2)

お笑いタレントと事務所のゴタゴタ騒ぎに世間の視線が集まっているが、

もっと大きなゴタゴタが静かに進行している。

 

歌手たちとレコード会社が

業界全体でつばぜり合いを始めているのだ。

 

復習

かるく前回の復習をしておこう。

 

音楽業界には3人の登場人物がいる。

・作詞・作曲家・・・・・・・大室さん

・歌手たち・・・・・・・・・ナムロちゃん

・レコーディングする人・・・ベイエックス

 

大室さんは「プレイ(演奏)」「放送」「ネット配信」の全てに対して

「禁止権」という強い権利を持っている。

 

ナムロちゃんとベイエックスは、

「プレイ(演奏)」に対して何の権利も持っていない。

「放送」には「お金の請求権」という弱い権利しかない。

「ネット配信」には禁止権を持っている。

 

同じ権利をもつナムロちゃんとベイエックスは

これまでは歩調をあわせて戦ってきた。

しかし、最近になってナムロちゃんが違うことを言い出した。

「禁止権はいらないから、全部お金の請求権でいいよ」

と言っているのだ。

 

一体どうしたというのだろう?

 

お金の取り方の違い

ナムロちゃんの狙い。

ポイントは、お金の配分のやり方だ。

「放送」に対するお金の請求方法・配分方法と、

「ネット配信」に対するお金の請求方法・配分方法が違うのだ。

 

1つずつ説明しよう。

 

テレビ局やラジオ局に請求するとき

ナムロちゃんとベイエックスは、

「放送」に対して「お金の請求権」を持っている。

「禁止権」ほど強い権利ではないが、

権利を持っている以上は当然その権利を使う。

テレビ局やラジオ局に対して

「放送で我々のCDを流した分のお金をください!」

と要求する。

 

しかしこの要求を、個々の歌手やレコード会社がすることはできない。

法律でそう決まっている。

文化庁長官に指定されたたった1つの団体を通じてしか

できないことになっている。

(個々の歌手やレコード会社からいちいち請求されたら、

 放送局も大変だ)

歌手たちについては

公益社団法人日本芸能実演家団体協議会

(ながっ!略して芸団協(げいだんきょう))という団体が、

レコーディングする人については

一般社団法人日本レコード協会(略してレコード協会)という団体が

それぞれ指定されている。

 

ナムロちゃんを代表するのが芸団協で、

ベイエックスを代表するのがレコード協会だ。

団体が集めたお金が個々の歌手やレコード会社などに配分されている。

 

彼らがどのように放送局等にお金を要求し、

どれぐらいの金額をもらい、それをどうは配分するかは、

業界全体の注目の的だ。

なにしろ金額が大きい。(各団体で70億円以上)

正式な文化庁長官の指定団体なので、

会員に対してちゃんと説明できる状態にしておかないといけない。

みんなが見ている。

 

こんな状況では、

芸団協とレコード協会は自然と仲良くふるまうようになる。

「全く同じ権利をもつ者同士、一緒にやりましょう。

 法律上の権利は同じなんだから、金額も同じにしましょう」

となる。

こうして、放送局からもらうお金を「50:50」で分け合う体制が

できあがる。

 

みんなが見ている前だから、ナムロちゃんとベイエックスは平等なのだ。

 

ネット配信事業者に請求するとき

では、ネット配信の場合はどうだろう?

 

ナムロちゃんとベイエックスは、

ネット配信に対しては禁止権を持っている。

 

SpotifyApple MusicやアマゾンPrime Musicに対して、

「配信したければ〇〇円払え」という交渉ができる。

(実際の現場では交渉するのは難しいという話も聞くが、

 金額が安すぎると思えば配信を拒否することはできる)

 

禁止権の場合、

お金の請求権と違って文化庁長官の指定団体というものが無い。

「禁止権である以上は、

 それぞれの権利者に連絡をとって、ちゃんと事前に許可をもらいなさい。

 そうしないと権利侵害になります」

という「オプトイン」の考え方がベースにあるからだ。

 

ネット配信事業者が相手のときは、

指定団体を通じての交渉ではなく、「個別交渉」が基本になる。

 

個別交渉はどう行われるのか?

 

「Spozon」という音楽配信事業者が、

ベイエックスが発売しているナムロちゃんのCDを配信したいと思ったら、

まずはベイエックスに連絡を取る。

そして「御社には売り上げの〇%を配分します」のような提案をする。

ベイエックスが納得したら、許可を与える。

このとき、ベイエックスの権利だけでなくナムロちゃんの権利の分も

一緒に許可を与えてしまう。

そしてSpozonからお金が振り込まれたら、

その金額のうち1~2%程度をナムロちゃんに配分する。

だいたいこんな感じになる。

(場合によっては、上記1~2%が20%程度のこともある)

そしてこの交渉の全体像を知っているのは、

交渉に関わった当事者だけだ。

多くの人の目線が集まらない場でものごとが決まっていく。

だって「個別交渉」なんだから。

 

比率の差

もうお気づきと思うが、

放送とネット配信ではナムロちゃんの「取り分」が全然ちがう。

 

放送では、ナムロちゃんとベイエックスの取り分は「50:50」だ。

それがネット配信になった途端に「1:99」ということも有り得るのだ!

 

お笑いタレントと吉本興業の取り分比率として話題になっている

「30:70」とか「10:90」と比べても、相当にキツい。

 

ベイエックスの方にも

「レコーディング費用がかかっている」

「契約に従っているだけだ」

「CD販売の印税にそろえている」

「業界の慣習だ」

とか、色々と言い分はあるのだが、

そんなことでは納得できないほど「不平等感」のある配分に

なってしまっているのだ。

 

理由

なぜ放送とネット配信でこんなにも差があるのか?

 

これまで書いてきたとおり、

「みんなの目線」があるかどうかの違いが原因だろう。

 

みんなが見ていると「平等にしよう」という圧力が働く。

でも、個別交渉になり誰も見ていなければ、

レコード会社と歌手との間の力関係がそのまま出てしまう。

多くの場合、レコード会社の方が強い。

だから「1:99」のような極端な比率でも

ナムロちゃんは受け入れるしかなかった。

 

強引な例え話でいえば、「ソトヅラのいい旦那」のようなものだ。

ご近所さんが集まるホームパーティーでは、

みんなが見てるから甲斐甲斐しく料理を手伝う。

「うちは、家事を平等に分担してるんですよ~」とか言ったりする。

でも2人だけになると急に偉そうになる。

「おい!メシはまだか!?お風呂はわいているのか!?」と言って、

家事をする気配は見せない。

奥さんの中では、旦那に対するストレスがたまっていく・・

 

歌手たちの大胆な戦略変更

この「不平等」に対して、

おそらく芸団協とレコード協会のあいだでも

何らかの交渉が続いていたのだと思う。

 

ネット配信の権利が「禁止権」であっても、

体制さえ整えれば「個別交渉」ではなく「団体を通じての交渉」に

することは可能だ。

(実際、JASRACがそれを実現しているし、

 芸団協とレコード協会も分野によってはそうしている)

しかし芸団協だけでそれを行っても、実務上は意味がない。

いろんな契約の都合があり、レコード協会の協力が必要なのだ。

 

しかし、レコード協会が首を縦にふることは無かったのだろう。

 

ナムロちゃんはこう考えた。

「ネット配信はこれからの音楽ビジネスのメインフィールドよ!

 ネットからいかに収益を上げるかが、私たちの将来を決めるわ。

 それなのにベイエックスは話し合いに乗ろうともしない。

 もうこれ以上彼らと交渉してもラチがあかないわ!

 私は自分の道を進もう。

 夢は見るものじゃなくて、叶えるものよ!

 こうなったら捨て身の作戦だわ。

 法改正で「禁止権」を「お金の請求権」に格下げしちゃえ!

 そうすれば、ベイエックスの権利も私たちにひっぱられて

 「お金の請求権」になるはず。

 ネット配信と放送の権利が同列にならぶってことよ。

 放送と同じように団体を通じての交渉になるから、

 「みんなが見ている前で」交渉することになる。

 歌手とレコード会社は平等になる。

 権利が格下げになって、全体としてのお金のパイは減るけど、

 そんなことは構わない!

 ベイエックスとの不平等が解消されれば、それでいい!」

 

 

こうして、歌手たちは戦略を大胆に変えた。

レコーディングする人(レコード会社等)と共同戦線を張るのはやめた。

独自路線で、自分たちの利益を追求することにしたのだ。


ベイエックスが100万円売り上げても、

ナムロちゃんには1万円しか配分がない。

こんな状態よりは、全体の売り上げが50万円に減っても、

半々で分け合って25万円受け取る方がいいに決まってる。

 

 歌手たちが、ついに大きく舵を切ったのだ。

ネットの世界から流れ込む巨額のマネーを求めて。

 

今後の動きに注目したい。

 


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