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契約書はアートだ!(5) 作品を使わせてもらう場合

バーバリーイソジン、リッツ、オレオ

バーバリー」と言えば、イギリスの高級コートだ。

 

イソジン」と言えば、日本中で親しまれている「うがい薬」だ。

 

「リッツ」「オレオ」と言えば、みんなが大好きなお菓子だ。

 

これらに共通する「あること」を知っているだろうか?

 

これらのブランドは、全て欧米の企業のものだ。

長年のあいだ、日本の企業はブランドの使用ライセンスを与えてもらい、

国内で商品を販売してきた。

 

三陽商会はイギリスのバーバリー社からライセンスを受け、

コートを中心とする洋服を製造し、販売していた。

 

明治はアメリカのムンディファーマ社からライセンスを受け、

イソジンうがい薬」を製造し、販売していた。

 

ヤマザキナビスコ(現在はヤマザキビスケット)は、

アメリカのモンデリーズ社からライセンスを受け、

リッツやオレオなどのお菓子を製造し、販売していた。

 

商品はよく売れた。

日本企業は儲かった。

その分たくさんのライセンス料が入ってくるので、欧米の企業も儲かった。

お互いにハッピーだった。

 

しかし、風向きが変わった。

欧米の企業が突然こう言い出したのだ。

「そんなに売れてるんなら、自分で直接商売した方が儲かる。

 あなたにライセンスするのはやめる」

 

日本側にとっては大変な事態だ。

自社の看板商品を今後一切売れなくなってしまう!

経営に大打撃だ!

何とかしないと!!

 

おそらく、日本企業は最大限の抵抗をしただろう。

「我々は、このブランドをとても大切に育ててきました。

 製品の品質にはこだわって国内の製造工場で作ってきました。

 日本人の好みに合うような宣伝展開をしっかり予算をかけて行ってきました。

 ブランドに最大限の愛情を注ぎこみ、

 血のにじむような思いで日本の市場を開拓してきたのは、我々なんです! 

 最初はあなた方からお預かりしたブランドでしたが、

 今となっては我が子のようなものなんです!

 それを今になって、取り上げようって言うんですか!!

 「この子」が成長してお金を稼ぐようになったからといって、

 今になって「親権」を主張するなんて!

 あんまりじゃないですか!」

 

交渉の場でどんなやりとりがあったかは分からないが、

日本の担当者の心の中は、悔しい思いで一杯だっただろう。

 

しかし、何ともしようがない。

欧米企業からの要求は「契約書」に従った正当なものだ。

必死の抵抗も空しい。

日本の企業になす術はなかった。

ライセンス契約は終了し、大きな売り上げを失ってしまった・・。

 

こんな大事件が、2014~16年くらいのうちに立て続けに起こったのだ。

 

大事件のその後

契約を無事に終わらせた欧米の3社は

自社(の日本法人等)で日本の商売を開始し、

バーバリー」「イソジン」「リッツ」「オレオ」を売り出した。

これまでの日本企業の努力のおかげで、

ブランドは日本中で認知されている。

あとは、この認知度を利用して手堅く商売をしていくだけだ。

プロモーション戦略を少し修正したり、

日本の工場から東南アジア等の工場に製造工程を移して

コストをコントロールしたりしている。

 

 

ブランドを失った日本企業の対応は2種類に分かれた。

 

バーバリーを売れなくなってしまった三陽商会は、

新たな海外ブランドを求めた。

スコットランド出身のレインコートメーカーである

マッキントッシュ」に目を付けた。

日本で権利をもっていた業者からライセンスを得て、

日本で製造・販売を始めた。

 マッキントッシュは一部のユーザーからの評価は高かったが、

全国的な知名度はゼロに近いブランドだ。

三陽商会は、また一からブランドを育て上げる努力をしないといけなくなった。

ここ数年の同社の業績は振るわない。

新たな「子育て」は、なかなか難しいようだ。

 

 

 一方で明治やヤマザキビスケットは、三陽商会とは別の道を選んだ。

外部からブランドを招き入れるのではなく、

自社でゼロからブランドを生み出すことにしたのだ。

 

明治は「明治うがい薬」というシンプルなネーミングの新商品を売り出し、

ムンディファーマ社の「イソジン」に対して真っ向勝負を挑んでいる。

ちなみに、イソジンのCMで有名だったキャラクター「カバくん」は

明治独自のものなので、

ムンディファーマ社が使うことはできない。

 

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明治のカバくん

 

ムンディファーマは仕方なく「カバくんに似ているけど違う」という

微妙なキャラクターを開発した。

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ムンディファーマのカバらしきキャラ

 

しかし、明治はこれに怒った。

裁判所に使用差し止めを求めた。

「たしかに「イソジン」という名前はお返ししましたが、

 私が生み育てた「カバくん」だけは私のものです!

 絶対に渡しません!」

というわけだ。

 

ノバルティスファーマも「逆ギレ」して争う姿勢を見せたが、

最終的にはカバを使うのを諦め、

代わりに犬のキャラクターを使っている。

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イソジン犬キャラ

明治としては、「イソジン」を取り上げた憎き相手に対して、

一矢報いたということになる。

 

しかし明治の方も困っている。

昔のCMソングをそのまま使えないからだ。

「♪ただいま~のあとは~、ガラガラジンジン、ガラガライソジンジン」

という商品名が耳に残りやすい印象的な歌詞を変えざる得なくなってしまった。

「♪ただいま~のあとは~、ガラガラして、明治うがい薬」

こんな、ぜんぜんインパクトのない歌詞になってしまった。

(ちなみに、歌の著作権自体はJASRACの管理。

 CMに使うには著作権だけではなく著作者人格権のOKも必要)

 

「商品名(キャンペーン名)」「キャラクター」「CMソング」は、

その全てがうまく噛みあうと、最強の組み合わせになる。

(例:「ペコちゃん」♪ミルキーはママの味(不二家

   「カールおじさん」♪それにつけてもおやつはカール(明治)

   「ヤン坊マー坊」♪ぼくの名前はヤン坊ヤンマーディーゼル

   「バザール・デ・ゴザール」♪バザールでござーるNEC))

 

キャラと歌と商品名がガッチリと脳の中ので結びつくと、

一生離れることはない。

「商品展開3種の神器」と言えるだろう。

明治とノバルティスファーマの戦いは、

3種の神器の奪い合いだったということになる。

まるで日本の支配権をかけて3種の神器を取り合った

源氏と平家の戦争のようだ。

 

また別の見方をすれば、

イソジンという商品名、つまり「商標権」と、

キャラクターや歌という作品、つまり「著作権」の戦いとも言える。

「商標権」vs「著作権」という、

知財マニアにとってはたまらない対戦カードだ。

 

明治とノバルティスファーマの勝負。

最終的な勝敗は、薬局で商品を選ぶ消費者が決めることになる。

その行方を見守りたい。

 

「リッツ」と「オレオ」を奪われた ヤマザキビスケットも、

明治と同じく自社ブランドを開発した。

「リッツ」に代わって「ルヴァンプライム」、

「オレオ」に代わって「ノアール」という新ブランドを打ち出し、

モンデリーズ社に戦いを挑んでいる。

海外に生産拠点をうつした「リッツ」「オレオ」と、

国内生産にこだわる「ルヴァンプライム」と「ノアール」。

どちらのお菓子がおいしいかは、皆さんに判断してほしい。

 

教訓

 一連の事件から得られる教訓は何だろう?

 

「欧米の企業は日本人の「義理人情」を理解しない。

 ひどい奴らだから要注意!」

ということだろうか?

そうではない。

利益を追い求めるのは企業にとって当たり前のことだ。

大金がからめば、どの国の企業だって、どんな人間だって同じことをする。

 

学ぶべきことは

「許諾をもらう立場は、あなたが思っている以上に弱い」

ということだ。

 

上記でとりあげたのは、「商品名」「ブランド」という、

主に製造業にかかわる商標権の分野の話だが、

自分には関係のない話だと思わない方がいい。

コンテンツ産業にかかわる著作権の世界でも

同じことがいつ起きてもおかしくない。

 

 「稼いでいたコンテンツが急に使えなくなる!」

こんな事態を防ぐためには、どうすれば良いだろう?

2つの事例で考えてみよう。

 

事例1.契約期間の工夫

あなたはコンテンツ系の有力企業・アベン社の社員だ。

才能のある有望なクリエイターを見つけ出し、

作品をたくみな戦略で売り出す「敏腕プロデューサー」として

知られている。

 

ある日、あなたの元に電話がかかってくる。

「場張(ばばり)くん」という名の当社一番の売れっ子クリエイターからだ。

彼は急にこう言い出す。

「御社とは私の作品の利用を許諾する契約をむすんでいますが、

 もうすぐ契約が切れますよね?

 契約の更新はしません。

 これからは、自分の作品をつかって自力で商売していきます」

 

それは困る!

場張くんの作品は、集英社でいう「ワンピース」のようなものだ。

看板作品が無くなってしまうと、アベン社は立ちゆかなくなってしまう!

 

契約書には「契約期間は5年だが、5年たったら自動延長する」と

書いていたはずだ・・。

 

慌てて契約書を見直してみると、そこにはこう書いてあった。

 

・場張くんはアベン社に作品の利用を許諾する。

・契約期間は5年間。

・契約期間が終了しても、契約は1年ずつ自動更新される。

・更新したくない場合は、

 契約期間終了の1か月前までに相手に通知すれば良い。

 

そう。

場張くんの行動は正当だ。

契約書の手続きにしたがって、

1か月前に連絡してきただけなのだ。

契約書に書いてある以上は仕方ない。

アベン社は場張くんの作品を手放すことになる・・。

 

おそらく、上記の「バーバリー」や「イソジン」の事例も、

これと同じパターンで契約終了になってしまったのだと思う。

 

許諾をもらう立場は、あなたが思っている以上に弱い。

 

こんな事態を避けるために、どんな契約にしておけば良かったのだろう・・?

 

理想的なのは、

権利を「許諾」してもらうのではなく「譲渡」してもらうことだ。

権利が完全に自社のものになっていれば、

契約期間が終了しても問題なく利用し続けることができる。

でも、権利の譲渡に抵抗感のある人は多い。

交渉が簡単に進まないことも多いだろう。

 

次に良いのは、

契約期間を「5年」などと区切ることなく「無期限」で許諾をもらうことだ。

しかしそれでも抵抗されることは少なくないだろう。

また、相手をずっと縛り付ける契約は裁判になったときに

裁判官から嫌われやすい。

「奴隷契約」っぽい匂いがするからだろう。

バランスの悪い契約とみなされ、無効にされてしまうかもしれない。

 

おそらく一番現実的なのは、こんな契約ではないだろうか?


・場張くんはアベン社に作品の利用を許諾する。

・契約期間は5年間。

・契約期間が終了しても、契約は1年ずつ自動更新される。

・更新したくない場合は、

 契約期間終了の1か月前までに相手に通知すれば良い。

 ・ただし、アベン社から場張くんに支払った直近1年間の印税の総額が

 〇〇万円を超えている場合は、場張くんの方からは更新を拒否できない。

 

こうしておけば、

場張くんの作品がブレイクしてメチャクチャ稼いでいるときに、

突然逃げられてしまうのを防ぐことができる。

場張くんに対してしっかり印税を支払っているということは、

アベン社自身も企業努力をして作品をプロモートしているに違いない。

アベン社もしっかり義務を果たしているということになる。

「クリエイターを縛り付けているだけの酷い契約だ」と非難されづらい。

よほどムチャな条件にしない限り、

バランスのとれた妥当な契約内容と判断されると思う。

 

この考え方をもとに、

それぞれの事情に合わせて条件を調整していけば良いだろう。

 

事例2.やっぱり譲渡

敏腕プロデューサーのあなたの元に、また電話がかかってくる。

今度は、場張くんからではなかった。

なんと、アベン社のライバル「サノス社」の社長の野太い声だ。

「サノス社の社長をしております、佐野と申します。

 このたび、場張さんから作品の著作権の全てを譲ってもらいました。

 つまり、サノス社が権利者です。

 つきましては・・・アベン社に許諾は出しません。

 今後、あなた方は我々の作品を一切つかえなくなります」

 

 

どうやら場張くんには借金があって、

まとまったお金が必要だったらしい。

その弱みに上手くつけこんだのがサノス社だ。

場張くんとサノス社とのあいだでは、

正式な「著作権譲渡契約」が交わされてしまっている。

作品の著作権はサノス社のものだ。


社内に再び衝撃が走る。

今度こそ看板作品を失い、アベン社は倒産してしまうかもしれない・・。

 

でも、こんなことはおかしい!

場張くんとの契約書には

「契約上の地位や権利を第三者に渡すことはできない」と

書いてあったはずだ。

何とかならないのか?

弁護士に相談したが、

「契約書は場張くんを縛っているだけで、サノス社を縛れるものではない。

 場張くんに対してなら「契約違反だ!」と言って

 損害賠償を求めることはできるが、

 そもそも場張くんはお金を持っていないので、無駄だろう。

 著作権が譲渡されてしまっている以上は、

 サノス社に「許諾しない」と言われてしまうとお手上げだ。

 もう場張くんの作品を使うことはできない」

こう言われただけで、有効な対策をとれない。

 

こうしてアベン社は一番稼いでいるコンテンツを失うことになった。

アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』のように、

アベン社はサノス社に完全な敗北を喫した・・。

 

 

現実のケースでは、もっと「あの手この手」を使って

作品を利用できるようになるかもしれない。

しかし、

「許諾を得ただけの立場では、譲渡を得た相手に勝てない」

というのは事実だ。

実際にそんな事件も起きている。(「子連れ狼」事件)

 

許諾をもらう立場は、あなたが思っている以上に弱い。

 

突然に許諾を失う側にしてみれば理不尽な話だが、どうしようもない。

著作権制度の欠陥だ」と言う人もいる。

 専門家からも長年のあいだ問題視されてきた。

 

この問題については、最近になって政府の方で動きが出てきた。

「許諾を得た立場の人を守るべきではないか?

 誰かに著作権が譲渡されちゃっても、使い続けられるルールに変えよう」

という流れになってきている。

 

文化審議会著作権分科会法制・基本問題小委員会
著作物等のライセンス契約に係る制度の在り方に関するワーキングチーム(第3回)

http://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/chosakuken/license_working_team/h30_03/index.html

 

この動きには期待したいが、

スピーディに動くコンテンツ産業の現場で働く我々が

ルール変更をのんびり待っているわけにはいかない。

我々はどうすべきなのだろうか?

 

結論を言えば「やっぱり許諾より譲渡がいい」ということだ。

 

権利者からは嫌がられるかもしれないが、

ちゃんと腹を割って話をするしかない。

「サノス社」のようなリスクがあることをしっかりと説明し、

理解してもらおう。

契約書上は

「5年間という期限で著作権を譲渡し、5年たったら必ずお返しします」

という内容にしても良い。

 

相手に納得してもらい譲渡してもらえたのなら、

その事実を文化庁に「登録」しておくのが安心だ。

(少し費用がかかる)

登録さえしておけば、サノス社のような相手から

「我が社の方が先に権利を譲渡してもらっていた!

 本当の権利者は我々だ!」

と言われても怖くない。

 

著作権登録制度

http://www.bunka.go.jp/seisaku/chosakuken/seidokaisetsu/toroku_seido/

 

著作権を譲渡してもらうこと。

・譲渡を文化庁に登録すること。

この2つのことが、

コンテンツ業界で働く人にとって心理的ハードルが高いことは、

私も分かっているつもりだ。

それでも、あなたやあなたの会社にとって本当に大切な作品なのであれば、

一度は考えてみても良いと思う。

 

まとめ

以上、「作品を使わせてもらう場合」の注意点を説明した。

 

・許諾をもらう立場は、けっこう弱いことを理解する。

・契約期間が切れる場合の条件について工夫する。

・できるだけ譲渡してもらった方が良い。

 登録すれば、もっと安心。

 

次にあなたが権利を使う立場になって契約を結ぶときは、

思い出してほしい。

 

最後に

今回の連載では、5回にわたって契約書との向き合い方について解説した。

大まかに言えば、以下のような内容だ。

 

・「契約書は自分の魂を表現するアートだ!」と捉えて、

 前向きにこだわる。

・できるだけ具体的に長期的に考えて、条件に落とし込んでいく。

・思いがけないことを想定する。

・冷静になって相手の立場を想像する。

・ライセンスしてもらっただけで安心しない。

 

契約書に関するテクニックは、

法律の改正や新たなビジネススキームの登場に応じて進化する。

今後も必要に応じて情報を発信したい。

 

利用規約

今回の連載では触れなかったが、

「契約書」と似たようなものに「利用規約」がある。

 

もしあなたがユーザーから文章や写真、映像などを投稿してもらう

アプリやウェブサービスを開発したいと考えているのなら、

利用規約」にはしっかりとコミットするべきだろう。

 

利用規約を突き詰めて考えることは、

自分の提供するサービスの本質を理解することにつながる。

人気を集めビジネスを成功させることができる。

 

利用規約」を勉強するには、この本がおススメだ。

『良いウェブサービスを支える「利用規約」の作り方』。

表面的な法律の解説に終わらせず、しっかりと踏み込んだ内容が書かれている。

そのうえ、読みやすい。

 

 

読んでみてほしい。

 

 

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