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NHKと講談社の対決 「本当の敗者」は誰だ?を突き止める(1)

NHK講談社の裁判

NHKが、講談社を訴えた。

 

NHKといえば、日本で最大の放送局だ。

一方で講談社も、日本最大手の出版社の1つ。

この大手2社が、真正面から裁判で戦った。

 

事件の大まかな流れはこうだ。

講談社が出版していた本に、『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』という小説があった。

この小説をNHKのプロデューサーが気に入り、「ドラマ化したい」と思ったのだ。

講談社から許可をもらったNHKは、脚本を作り、撮影準備を進め、

俳優へのキャスティングも進めていた。

長澤まさみ黒木華佐藤江梨子風吹ジュンなど、

豪華な役者たちが出演することになっていた。

 

ところが、である。

撮影開始(クランクイン)の予定日に、

講談社が「ドラマ化の許可を取り消します!」とNHKに通告したのだ。

理由は、「小説の作者が、どうしてもドラマの内容が嫌だと言っているから」

というものだった。

 

ドラマの制作は中止され、

NHKには、制作準備にかかった約6000万円の損害が出てしまった。

 

これに怒ったNHKは、講談社を訴えた。

「6000万円を払え!」と。

 

裁判の結果を先に言ってしまうと、

NHKが負けた。

裁判においても、小説の作者の「気持ち」が何よりも大切にされたからだ。

 

しかし、この事件で「本当の意味で負けた」のは、NHKではない。

では、「本当の敗者」は誰だったのか?

今回の連載を通じて、真相を明らかにしていくことにしよう。

 

今回の連載を読めば、

ドラマ化、映画化など、原作を映像化するときの仕組みを理解し、

これからの出版社とクリエイターのあり方を考えることができるだろう。

 

『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』

ドラマの原作になるはずだった小説『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』を書いたのは、

人気作家の辻村深月(つじむら みづき)さん。

『鍵のない夢を見る』で直木賞を受賞した実力のある作家だ。

 

『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』の主人公は、

東京でライターをしている山梨県出身の女性だ。

(辻村氏の故郷も山梨県なので、

 主人公と自分自身を重ねながら書いている部分もあるだろう)

 

山梨県で悲しい事件が起きる。

主人公の幼い頃からの親友の母親が、お腹を刺され死体となって発見されたのだ。

そして、その親友は逃亡中だという。

親友が母親を殺したのか?

一体なぜ殺したのか?

親友はどこへ向かったのか?

この謎を追うために、主人公が山梨へ帰る。

 

謎を解き明かしていくストーリーと並行して、

主人公自身の物語も語られていく。

主人公も、母親との複雑な関係を抱えていた。

せっかく故郷に帰ってきたのに、実家には寄ろうともしない。

母親と会いたくないからだ。

 

主人公と母親との関係、親友と母親との関係、それぞれを対比させて描きながら、

物語は少しずつ核心に近づいていく・・・。

というストーリーだ。

 

この小説は、2部構成になっている。

第1部は、謎を追う主人公の目線で描かれているが、

第2部になると目線が転換し、逃亡中の親友の目線で話が進む。

だから、同じ出来事に対しても

主人公と親友の受け取り方、感じ方が全然違っていたことが、後になって分かるのだ。

面白い。


気取った言い回しを使わない、非常に読みやすい文章なので、

読んでみてほしい。

 

 事件の流れ

NHK講談社の戦い。

誰が「本当の敗者」だったのか?

これを解き明かすため、まずは事件の流れを一通り眺めておこう。

 

流れをまとめるにあたっては、以下の資料を参考にさせていただいた。

感謝申し上げます。

 

TBSテレビの日向央氏の「意外と知らない著作権AtoZ」

(「調査情報」2012年9・10月号)。

国士館大学の三浦正広教授の

「原作小説のテレビドラマ化に関する著作権契約の成否と同一性保持権の行使

 -『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』映像化契約解除事件ー」

(「The Invention」2016 No.3)

 

以下、事実関係を順に追っていくが、けっこう長い。

全てをしっかり覚える必要なないので、

「へ~、こんなやりとりがあったんだ~」ぐらいの感覚で、

読み進めてほしい。

期間を「友好関係の時期」「険悪になっていく時期」「大ごとになっちゃった時期」

の3つに分けてみた。

 

友好関係の時期

最初のうちは、NHK講談社も特にモメることもなく、スムーズに話が進んでいた。

 

2011年9月11日

NHKから講談社に対して、

「『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』をドラマにさせてください。

 来年の5月から全4話で放送するつもりです」

という企画書が送られる。

 

11月15日

講談社からNHKに対して、

「社内の上層部の会議でOKが出ました。ドラマ化を進めてください」

と連絡。

 

NHKはこの決定を受けて、脚本家の大森寿美男氏に「脚本を書いてください」と

正式に依頼する。

そして、大森氏が第1話の脚本(準備稿)を書き上げる。

この脚本の中で主人公は、原作とは違う行動をとっていた。

主人公は、山梨に帰ったときに

最初から実家に行って母親に会うという内容に変わっていたのだ。

 

12月19日

第1話の脚本を、NHKから講談社に提出。

 

講談社は原作者の辻村氏にこれを読んでもらい、

辻村氏からの感想・要望を受け取る。

 

12月22日

講談社NHKに対して、

「主人公がいきなり実家に行くのはおかしい。

 原作の中の母と娘の関係を変えないようにしてください」

と要望した。

そのときに一緒に、NHK講談社の間でむすぶ「映像化契約書(案)」を渡した。

 

12月26日

NHKから講談社に対して

「第1話の脚本だけだと、全体の流れが分からなかったのだと思います。

 第2話の脚本が出来た時点でお送りしますから、

 それを読んだ上で、もう一度考えてもらえないでしょうか?」

とメールする。

 

険悪になっていく時期

このあたりから、両者のあいだに険悪で嫌な空気が流れ始める。

 

12月28日

講談社からNHKに以下のようメなールが送られる。

「お願いした修正の要望が解決しない限り本ドラマ化の許諾はできない。

 一切譲歩できない部分です」

 

2012年1月6日

NHKは脚本家と対応を話し合う。

「主人公が最初から実家に行くという部分は変えないでいこう。

 その代わり、自分から進んで行ったわけではなく、

 仕方なく行ったということにして、そのことが分かる話を追加しよう」

ということになった。

 

1月10日

第1話の脚本を修正したものと第2話の脚本が出来たので、

これをNHKから講談社に送る。

 

講談社は辻村氏に読んでもらい、

辻村氏からのコメントを受け取る。

 

1月18日

講談社からNHKに辻村氏のコメントを伝える。

コメントの中には

「第1話で母と会うことの必然性が映像としてある、ということでしょうか。

 正直なところ、まだ承諾しかねる部分はあります」

という記載もあった。

 

1月24日

NHK講談社に以下の話をする。

「クランクインを2月6日に予定している。

 もう時間がない。

 本当に必要ならスケジュールを後ろにズラすが、出来ればこのまま行きたい」

 

1月25日

第3話と第4話の脚本が出来たので、

これをNHKから講談社に送る。

(ドラマは全4話なので、これで全ての脚本を見せたことになる)

 

大ごとになっちゃった時期

撮影スケジュールが間近にせまり、関係者の焦りも大きくなる。

これまでは現場の担当者同士で交渉していたが、

どうにも話が進まないので、それぞれの上司が出てくるようになる。

 

1月27日

講談社(担当者の上司が登場)からNHKに対して

「原作者が、主人公と母親の関係を理解してもらえていないと感じている。

 このまま原作者が納得しないなら、ドラマ化の許可を取り消す」

と伝える。

 

1月30日

NHK(こちらも上司が登場)から講談社に対して

「2月6日にクランクイン予定だったが、それは諦めるし、

 現実的に対応していきたい」

と伝える。

(つまり、せっかく押さえていた長澤まさみ氏たちのスケジュールを、

 一旦キャンセルしてしまうことになる。

 なかなか大変な事態だ)

 

これに対し講談社は、「辻村先生から預かってきました」と言って、

辻村氏が書いた手紙をNHKに見せる。

そこには

講談社を通じて再三お願いしているとおり、

 この状態のまま進めるというということであれば、

 今回のお話はお断りせざるを得ません」

などと書かれていた。

 

この場でNHK講談社

「具体的に、どこが問題があるのか?指摘してほしい」

と要望する。

それに対し講談社は、第1話から第4話までの脚本の問題点を複数指摘する。

そして、あらためて

「原作者が納得しない限り、ドラマ化の許可を取り消す」

と伝えた。

 

1月31日

NHKから講談社

「主人公が最初から実家に行くエピソードは、やめます。

 原作どおり、実家には帰らずビジネスホテルで過ごす話にします。

 ただ、主人公と母親が顔を合わすシーンが最初にないと、

 2人の仲が悪いということが視聴者に伝わりにくくなってしまいます。

 その部分をどうするか、考えます」

といった内容のメールを送る。

 

2月2日

講談社からNHKに「質問状」。

「質問状に回答してほしい」

と要望。

NHKは「すぐに回答します」と答え、

さらに「主人公と母の関係シーンの再考案」という文書を講談社に渡す。

(この文書の中で、講談社から指摘された問題点は、ほぼ解消されていたようだ)

 

2月3日

NHKは「質問状」に対する回答を講談社に送る。

 

2月6日(もともとのクランクイン予定日)

講談社からNHKに対し、

「許可を取り消す。今回の話は白紙にする。」

と伝える。

 

その後、NHK講談社のあいだで何らかの❝やりとり❞があったようだ。

 

6月21日

NHKが「損した6000万円を払え!」と講談社を訴える。

 

2015年4月28日

東京地裁

講談社は支払わなくて良い」という結論を出し、

NHKが敗北した。

(その後、NHKはあきらめずに高等裁判所に訴えたが、逆転することはできず、

 最終的には和解が成立している)

 

3つの疑問

以上が事件の流れだ。

現場でどんなことが起きていたか、大まかに分かってもらえたと思う。

この事件を眺めていて、私には疑問に思ったことが3つある。

 

1つ目の疑問は、2012年1月30日の出来事だ。

講談社が、辻村氏が預かってきた手紙をNHKに見せた。という部分。

まず思ったのが

「え??

 今どき、手紙ですか?

 なんで?」

ということだ。

 

往年の大作家なら、そいういう古風なコミュニケーション手段を使うのも理解できる。

でも、辻村氏は1980年生まれの若い作家だ。

当然、スマホでも何でも使いこなす世代だろう。

 

それなのに、なんで手紙??

という素朴な疑問だ。

 

2点目の疑問は、

「なぜNHKは、勝てそうにない裁判をしたのか?」

ということ。

 

次回以降の記事で説明するが、

小説家が「私の大切な作品を、勝手に作り変えないで!」といえる権利は、

非常に強力な権利だ。

そう簡単にひっくり返せるものではない。

原作者の辻村氏が納得していない以上、ドラマ化できないのは当たり前に思える。

それなのに、なぜNHKは裁判に訴えようと考えたのか?

これが2つ目の疑問だ。

 

3つ目の疑問は、

「結局のところ、一番損したのは誰なのか?」

ということだ。

 

NHKが裁判で負けたのは事実だが、

それだけでビジネスの世界の勝ち負けが決まるわけではない。

長い目で見ると、誰にとって損だったのか?を考える必要がある。

 

3つの目線

この疑問に、次回以降の連載で答えを出していくつもりだ。

 

考えていくにあたっては、辻村さんの小説と同じ手法をとりたい。

『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』は、

同じ出来事を主人公と親友の2つの目線で描くことで、

真実を明らかにしていく物語だった。

 

これにならい、今回のNHK講談社の事件も、

複数の目線で見ていくことにしよう。

 

まずは、講談社の目線。

次に、NHKの目線。

最後に、辻村氏の目線だ。

 

それぞれの目線で、同じ出来事に対する感じ方が全然違うことが分かるだろう。

 

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