最初からこうしていれば・・・
前回までの記事で、
東京オリンピックエンブレムのパクリ疑惑、ネットを中心に広がった狂騒、
大会組織委員会(以下、組織委)のミスと敗北の顛末を見てきた。
今回は、
「組織委は最初からこうしていれば良かったのに・・」という方法を紹介する。
「問題が起きた後なら、結果が分かっているから何とでも言える」
「部外者なら、無責任にどんなことでも言える」
といった批判はあるだろう。
しかし、今後同じような事件が起きたときのために、
「もしもあの時こうしていれば」をシミュレーションすることは有効だろう。
同じ悲劇を二度と繰り返してはいけない。
ストレートな方法
以前の記事でしつこく説明したが、佐野氏が作ったエンブレムに、
法的な問題は何もなかった。
それでも炎上が拡大してしまったのは、商標権、著作権などの法律の仕組みが、
一般の人には伝わりにくかったからだ。
そのため、法的根拠のない「何となく似ている」という印象が拡散することを
止めることができなかった。
このポイントに的を絞った対策を打てていれば、
あの事件の結果は全く違ったものになっていただろう。
2つの方法を提案したい。
1つは、ストレートな方法。
もう1つは、少しズルい❝変化球❞の方法だ。
まずは、ストレートな方法から説明する。
この方法は簡単だ。
マークというものの本質を、赤裸々に説明してしまうのだ。
「マークというのは、文字や記号の組み合わせにすぎません」
「誰でも同じ物を作れます」
「似たものがあっても全く不思議はないんです」
「だから、このエンブレムに似たものがあるのも当前です」
このようなことを、記者会見で堂々と言い放ってしまえば良いのだ。
実際に、この「ストレートな方法」が採用された事例がある。
採用したのは、舛添要一氏だ。
当時は東京都知事だった。
エンブレムの騒動から間もない2015年10月、
1つの指摘がネット上を騒がせた。
東京都のキャンペーンで使用している「& TOKYO」のロゴが、
フランスの眼鏡ブランドのロゴと似ている!という指摘だ。
上が東京都のロゴ、下がフランスの眼鏡ブランドのロゴだ。
この指摘に対して、舛添氏は10月13日の会見でこう述べた。
「一所懸命探されたかもしれないけど、ごまんとあります。こういうのは。
記号ですから」
「ごまんとあるので、著作権の対象にならないのです。
だから、もっと見つかってもいいのです」
「全く問題ない」
ここまで連載を読んできたあなたなら分かるだろう。
舛添氏の言っていることは、完全に正しい。
マークというものの本質を、ストレートに、赤裸々に説明している。
この会見のおかげか、騒ぎはすぐに治まった。
組織委も、会見で同じことを言えば良かった。
しかし、そうできなかった事情も分かる。
何しろ、国を挙げた一大イベントだ。
それを象徴するエンブレムに対して
「こんなもの、誰でも作れる」
なんてことは、口が裂けても言えなかったのだろう。
私は、真実を言ったからといって、
エンブレムを❝貶める❞ことにはならないと思う。
実際、佐野氏のデザインは素晴らしいものだった。
佐野氏がオマージュしたという1964年の東京オリンピックのエンブレムは、
もっともっとシンプルで、❝誰にでも作れる❞ものだった。
コンパスさえあれば、誰にでも作れるデザインだ。
このエンブレムには、価値がないだろうか?
いや、間違いなく価値がある。
あの時代、あの場所、あの大会の象徴として、
このデザインを選んだデザイナー、審査員は凄い。
大会への思いが圧倒的に伝わってくる。
誰でも作れる可能性があるからといって、
「このデザインにしよう!」と決断することの価値は減らないのだ。
変化球の方法
組織委は、ストレートに説明する方法をとれなかった。
そんなときに提案したいのが、少しズルい❝変化球❞だ。
まずはこのマークを見てほしい。
これは、オンラインマガジン「trendland」のロゴマークだ。
こちらの記事によると、このロゴが公開されたのは、
リエージュ劇場のロゴが公開されるよりも数年早い時期だったそうだ。
https://column.tokyo/tokyo-olympic2020-logo/
「trendland」のロゴは、リエージュ劇場のロゴに非常に❝似ている❞。
組織委は、こっそりと「trendland」に連絡をとり、
リエージュ劇場のロゴを「パクリだ!」と
SNS等で大騒ぎしてもらえば良かったのだ。
もちろん、こんなものパクリでも何でもない。
仮に裁判になったとしても勝てないだろう。
しかしマスコミやネット上の人々は、面白がってこのネタに飛びつく。
「trendland」以外にも、似たマークはいくらでも見つかる。
それらのデザイナーや企業から、「パクリだ!」と次々に声をあげてもらう。
ネット上は大騒ぎになるだろう。
組織委が裏で手を回していることがバレたら、
「卑怯な手をつかっている!」と、また炎上するかもしれない。
それでもくじけない。
全てはエンブレムと佐野氏を守るためだ。
そのうち、多くの国民が気付く。
「こんなことで似てる似てないを争うのは・・・馬鹿らしい」と。
これこそ、商標権、著作権の制度の本質が、一般の人に伝わった瞬間だ。
以後、こんな騒ぎは二度と起きなくなっていただろう。
1.ストレートな方法で、赤裸々に説明する。
2.変化球を使って、他の似たマークを次々と登場させる。
どちらの方法も、十分に有効だったはずだ。
最後に
以上で7回にわたった連載は終了だ。
最後にポイントをまとめよう。
・エンブレムには何の問題もなかった。
・組織委の対応に、法的な面での失敗はほとんどなかった。
・訴えられても、世間に嫌われても、正義があるならブレてはいけない。
・信じた相手を守るという覚悟が大事。
今回の事件からは、クリエイティブ業界に広く通用する教訓が得られた。
シンプルにまとめると、こういうことだ。
「自信をもっていこう!」
感謝と今後
エンブレム騒動の法的な分析と、組織委の会見の解釈については、
TBSテレビの日向央氏が「調査情報」で連載している
「意外と知らない著作権AtoZ」を、大いに参考にさせていただいた。
日向氏の著作権に対する飽くなき探求心からは、いつも刺激をいただいている。
訴訟に対する態度と、炎上したときに検討すべき選択肢については、
青山綜合法律事務所の照井勝弁護士の講演「権利侵害と❝パクリ❞の分水嶺」から、
全面的に学ばせていただいた。
知的財産に関するトラブルがあれば、照井氏に相談すれば間違いない。
両氏に深く感謝します。
ここで述べた私の意見は私自身のものであり、
間違いがあったとしても両氏に責任は一切ない。
今後も、クリエイティブ業界、エンタメ業界で働いている人や、
業界を目指す人の役に立つ記事をアップしていく予定だ。