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ダウンロード違法化ウォーズⅡ ~文化庁の逆襲~(2)

前回、法改正に失敗した文化庁

今回は本気だ。

何が何でも「ダウンロード違法化」を成立させようとしている。

 

文化庁が実施中のパブコメについて見ていこう。

パブリックコメントパブコメ

 国民に広く意見を求めること)

 

まずは結論

この話をしていると、どうしても細かい理屈の話になってしまう。

だから、疲れてしまう前に結論だけ先に言っておこう。

 

文化庁パブコメは「自由記述」ではなく、

 「質問形式」になっている。

 

・「質問形式」の場合、質問する方が有利。

 議論をうまく誘導することができる。

 

パブコメは、文化庁の望む結論に導かれるように出来上がっている。

 

・「誘導尋問だ!」と非難の声をあげても良いが、

 鉄壁の布陣を打破するのは、かなり難しい。

 

・他の妨害要素がなければ、法改正は成立しそうな気がする。

 

・法改正されても、クリエイターやユーザーにとって

 実質的な面では何も変わらないので、気にしないで良い。

 

というわけで、前回に引き続き色々と理屈っぽい話は出てくるが、

「世間でダウンロード違法化が話題になっても、

 あんまり気にしないでいいよ!

 自信をもっていこう!」

ということだ。

 

レトリックと詭弁

 文化庁の作戦を知るうえで、良い本がある。

『レトリックと詭弁 禁断の議論術講座 』

議論で勝つための技術について解説した本だ。

読みやすくて面白いので、ぜひ読んでみてほしい。

 

 

 本の中で強調されているのは、以下の点だ。

 

・議論の勝敗を分けるのは「問い」の力。

・問いかける方が有利。

 問いを作るときは、自由に言葉を選ぶことができる。

 問いによって論点を都合よくすり替えることができる。

・問いかけられて言葉に詰まると「負け」になる。

 相手の論点のすり替えを指摘できれば逆転勝利できる。

 

(例)

 盗みを犯した学生と先生の会話。

「先生!あなたは可愛い教え子を警察に突き出すのですか!?」

ここで先生が言葉に詰まれば、負け。

「それは違う。君は私の生徒である前に1人の人間だ。

 人は罪を償わないといけない」

と言い返せれば、先生の勝ち。

 

「問い」に対しては、かなり慎重になった方がいい。

 

パブコメの構成

通常のパブコメなら、特定のテーマについて

「意見を提出してください」とだけ書かれている。

つまり「自由記述」だ。

自分の好きな論点について、自由な角度から意見を言える。

 

パブリックコメント:意見募集中案件一覧

https://search.e-gov.go.jp/servlet/Public

 

しかし今回の文化庁パブコメは違う。

3部構成になっていて、第1部と第2部は「質問形式」になっている。

つまり、自由な意見が言えない。

第3部になってやっと自由記述欄が出てくるが、

第1部と第2部ですでに議論の大きな流れが作られてしまっている。

第3部でどんなに良い意見が出されていても、

どうしても「その他扱い」の意見に見えるように設計されている。


●侵害コンテンツのダウンロード違法化等に関するパブリックコメントの実施について

https://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=185001067&Mode=0

 

すでに設計段階から、文化庁の執念が組み込まれているのだ。

 

パブコメ第1部

パブコメの第1部はシンプルだ。

質問が1つだけ。

それに対して、選択式で回答する形式になっている。

 

短いので、そのまま引用しよう。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 1.基本的な考え方

(1)「深刻な海賊版被害への実効的な対策を講じること」と「国民の正当な情報収集等に萎縮を生じさせないこと」という2つの要請を両立させた形で、侵害コンテンツのダウンロード違法化(対象となる著作物を音楽・映像から著作物全般に拡大することをいう。以下同じ。)を行うことについて、どのように考えますか。①~⑤から一つを選択の上、回答欄に記入して下さい。

①賛成

②どちらかというと賛成

③どちらかというと反対

④反対

⑤分からない

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

これは、上記の議論の本で紹介されている典型的な

「多問の虚偽」というやつだ。

 

「君は、もう奥さんを殴ってはいないのか?」

 

この質問に「はい」か「いいえ」で答えると、

昔は奥さんを殴っていたことを認めることになってしまう。

本当は「君は奥さんを殴っていたのか?」から

議論を始めるべきなのに!

 

痩せたいと思っている人に

「おいしくてお腹いっぱい食べられて栄養満点なのに、

 カロリーゼロで全然太らない食べ物を、

 良いと思いますか?悪いと思いますか?」

と聞くようなものだ。

こんな質問に「悪い」と答える人なんかいない。

本当は「そんな夢のような食べ物が存在するのか?」から

話を始めるべきなのに!

 

文化庁の質問も同じだ。

 そもそも「海賊対策に有効」と「国民を萎縮させない」が両立できない!

と多くの人が考えているのに、

「両立する方法について良いと思いますか?悪いと思いますか?」

と質問してしまっている。

 

対面で会話しているのなら

「いやいや、その質問はおかしいでしょう!」

と即座にツッコミを入れられるが、

文書で回答する形式だとそれが出来ない。

しかも選択式で回答しないといけないので、

ツッコミを入れることさえできない。

 

最初の質問から、文化庁の議論の流れに強制的に

のせられることになる。

答えた時点で、「負け」なのだ。

 

パブコメ第2部

第2部では質問が7つ並んでいる。

回答は、またもや選択式だ。

 

質問内容は、

「ダウンロード違法化をしたら、どんなことが心配ですか?」

というものだ。

7つの「心配事の候補」が挙げられている。

それぞれに対して

①とても懸念される

②どちらかというと懸念される

③あまり懸念されない

④全く懸念されない

⑤分からない

の5つの中から強制的に選択させられる。

 

「心配事の候補」は、こんな感じだ。

・ネット上のコンテンツは違法か適法か分からないので、

 こわくてダウンロードできなくなる。

・無料で提供されているコンテンツをダウンロードすることが

 違法になってしまう。

 

これは、テレビの通販番組でよくある

「でも、お高いんでしょう?」とか、

「電気代が高いんじゃないの?」とか、

そういう❝サクラ❞の質問と同じだ。

 

法改正という❝商品❞をアピールしたい文化庁は、

それぞれの心配事に対してしっかりと回答を準備している。

パブコメの「添付資料3」に全て書かれている。

こんな感じだ。

・違法だと確実に知っていない限りは、大丈夫です!

 ご安心ください!

・無料で提供されているなら、刑事罰にはなりません!

 ご安心ください!

 

こうして、想定される全ての反論をあらかじめ挙げておき、

対策をバッチリ打っているのだ。

 

これら7つの質問に答えさせられた後に、

やっと「自由記述欄」にたどり着く。

 

「その他、懸念事項があれば記入して下さい。」

 

「その他」って!!!

 

ここにどんなに鋭いコメントを書いたところで、

「その他扱い」されることは間違いない。

 

私ならこんな懸念事項を書きたい。

 

・国民がお茶の間でくつろぎならスマホを操作しているときに、

 きわめて複雑な法規制を理解し正しく判断しないと、

 安心してスクショすら出来ない世の中になる。

 国民の安らぎが減ってしまうことが心配。

著作権法は、もともと作家、出版社、放送局など

 コンテンツを扱うプロの人々だけを規制する法律だった。

 普通の国民には、あまり関係のない法律だった。

 でもダウンロードを違法化することによって、

 一般国民が直接的に規制されることになってしまう。

 コンテンツを楽しむ一般ユーザーを規制することは、

 法律の性格を根本的に変えることになるのではないか。

 そんな大きな変更を本当にやっちゃっていいのか心配。

 

これは文化庁の想定している「心配事の候補」には入っていない。

多少は有効な反論になるかもしれない。

 

しかし、どんなコメントをしても❝後の祭り❞かもしれない。

所詮は「その他」として扱われてしまうだろう・・・・

 

執念

パブコメにはその後もいくつか質問が並んでいるが、

どんな回答が来ても文化庁がコントロールできるように調整されている。

 

この形式で回答させられる限り、文化庁の優位はゆるがないだろう。

(この回答様式ではない様式の意見を出しても

 「これ以外の様式の場合、

  御意見が受け付けられない場合がございます。」

 ということになってしまう)

 

やはり、問いかける方が強い。

 何としてでも雪辱をはたしたい文化庁の職員が、

考えに考えて「問い」を構築したのだろう。

「誘導尋問だ!」と非難の声をあげても良いが、

鉄壁の布陣を打破するのは、かなり難しい。

 

彼らの執念を感じる。

 

法改正されたら

私は、今回の法改正が成立するだろうと予想している。

ダウンロード違法化とは違う方向から妨害が入ってしまわない限りは、

文化庁が逆転勝利をおさめることになると思う。

 

でも、心配することはない。

以前も書いたとおり、

この法律を使って個人のダウンロードを取り締まろう!

などとは誰も考えていない。

警察もそんなにヒマじゃない。

今まで通り、必要なものがあれば個人的にコピーをとって

保存しておけば良い。

あきらかに悪質なサイトの利用だけを避けていれば大丈夫だ。

何も気にせずコンテンツを楽しみ、

コンテンツを創作すれば良い。

萎縮せず、自信をもって行こう。

 

 

文化庁の逆襲」がどういう結末を迎えるのか?

今後も観察していきたい。

 

 

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ダウンロード違法化ウォーズⅡ ~文化庁の逆襲~(1)

ネット上に違法にアップされている文章やマンガをダウンロードすると、

著作権侵害になってしまう!

そんな法改正に向けて文化庁がまた動きだした。

すごい執念だ。

 

ダウンロード違法化の経緯

 ダウンロード違法化については、けっこうな話題になったので、

覚えている人も多いと思う。

このブログでも以前とりあげたことがある。

 

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この記事では、

「誰も望んでない的外れな校則を作ろうとする生徒会」

の例え話をつかって、文化庁を批判していた。

また「法改正されても実質的な影響はないので萎縮しないで大丈夫」

とも書いていた。

 

その後、

ネット上の世論に押される形で自民党内部でストップがかけられ、

法改正は見送られた。

文化庁の面目は丸つぶれとなった。

 

しかし彼らは諦めていなかった。

また同じ法改正をしようと活動を開始している。

 

「法改正の中身は問題なかった。

 単に国民が内容を理解していなかっただけだ。

 丁寧に説明すれば、次こそは大丈夫!」

と考えているようだ。

 

法改正の内容

文化庁の動きを見ていく前に、

法律の内容について少し丁寧に説明しておきたい。

前回の記事では大雑把な説明しかしていなかったが、

文化庁の言うように「正しく理解」しておいた方が、

より公平に考えることができる。

そもそも分かりにくいルールなのだが、

できるだけかみ砕いて解説しようと思う。

 

なぜ分かりにくいのかと言うと、

「まず大前提があって、その例外があって、さらにその例外が・・・」

ということを繰り返しているからだ。

「あなたが大好き!の反対の反対の反対の反対~♡」みたいな感じで、

ゆっくり考えないと好きなのか嫌いなのか分からなくなる。

 

大前提

まずは大前提から。

 

大前提:情報は誰のものでもない。自由に扱える。

 

例えば、我々のご先祖様が素晴らしい発見をしたとする。

美味しい湧き水のある場所。

簡単な火の起こし方。

農作物をたくさん収穫する方法。

発見した人はそれを周りの人に伝る。

そうすることで、みんなが豊かになっていく。

中には「秘密にしておこう」と考える人がいたかもしれないが、

いったん誰かにもれてしまえば、

情報の伝達を止める方法もルールもない。

 

ご先祖様が伝承していた神話、祈りの歌、工芸品の文様。

となり村の人がマネしたとしても、それを禁止することはできない。

お互いにマネしあうことで、文化を高度に複雑に発展させてきた。

 

情報は誰のものでもない。自由に扱える。

これが人類全体の基本ルールだ。

 

大前提の例外

そこに例外ルールが付け加えられた。

 

大前提の例外:新しい著作物については、コピーしちゃダメ。

 

昔からある物語や歌については今まで通り「みんなのもの」だけど、

今生きている作者がつくった作品については、

一定期間に限ってだけはコピーしちゃダメ。ということにしよう!

これが著作権だ。

 

一定の「例外期間」が過ぎてしまえば、基本ルールに戻るので、

自由にコピーできるようになる。

著作権そのものが例外ルールなのだ。

 

(ここで言う「一定期間」がどんどん長くなっていき、最近では

 「作者の死後70年」というとんでもない期間になってしまったが、

 今日のテーマとは別問題)

 

大前提の例外の例外その1

「大前提の例外」に対して、

「大前提の例外の例外その1」と「大前提の例外の例外その2」ができた。

(他にもあるが、「その1」と「その2」に絞って説明)

 

大前提の例外の例外その1:「引用」ならコピーしてもOK。

 

例えばマンガ『ONE PIECE』について批評・研究する論文を書くときには、

そのマンガの一部を自分の論文にコピーして

「このカットのセリフと表情は・・」などと説明する必要がある。

これが「引用」だ。

この場合に作者の許可がないとコピーできないとしたら、

作者の気に食わないことが書きづらくなってしまう。

正当な批評・研究活動ができなくなってしまう。

だから、「引用」ならコピーしてもOKというルールにしたのだ。

 

大前提の例外の例外その2

「引用」とは別の例外ルールも作った。

 

大前提の例外の例外その2:プライベートな目的ならコピーしてもOK。

 

後で自分で読んで楽しみたいから、マンガをコピーする。

妹に聞かせたいから、音楽をコピーする。

こういうプライベートな目的ならコピーしてもOKだ。

 

ただし、ここでいう「プライベートな目的」の範囲は、結構せまい。

自分、家族、親しい友人。そのぐらいまでと言われている。

 

また、あくまでもプライベートな目的であることが必要だ。

仕事に使うためのコピーは許されていない。

 

 

大前提の例外の例外その2の例外

上記の「大前提の例外の例外その2」に対して、さらにその例外がある。

どんどん複雑になっていくが、付いてきてほしい。

 

大前提の例外の例外その2の例外:

違法にアップロードされた映像や音声(音楽も含む)なら、

プライベート目的であってもデジタル方式でコピーしちゃダメ。

ただし、違法であることを知っていた場合の話。

 

 コピー禁止になってしまうためには、色々と条件がついている。

 ・映像や音声であること。

 (文章やマンガなら問題ない)

・違法にアップロードされたものであること。

・そのアップロードが違法だと知っていること。

・デジタル方式のコピーであること。

 (紙にプリントアウトするなら問題ない)

・もともと無料で提供されているものなら刑事罰はない。

 

以上だ。

 

現在の法律

ここまでが、現在の法律で決まっていることだ。

いや~、長かった。

 

まとめると、こうだ。

 

基本はコピーOK。

でも新しい著作物ならコピー禁止。

でも「引用」や「プライベート目的」ならコピーOK。

でも映像や音声なら色んな条件に当てはまれば

プライベート目的のコピーでも禁止。

 

「例外の例外の・・・」と言っているうちに、

「コピーOK」と「コピー禁止」が何度も入れ替わる。

「今話しているのは、どのレベルの話か?」

丁寧に理屈を追いかけないと、すぐに迷子になってしまう。

 

念のため、もう一度ルールを書いておこう。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

大前提:情報は誰のものでもない。自由に扱える。

 

大前提の例外:新しい著作物については、コピーしちゃダメ。

 

大前提の例外の例外その1:「引用」ならコピーしてもOK。

大前提の例外の例外その2:プライベートな目的ならコピーしてもOK。

 

大前提の例外の例外その2の例外:

違法にアップロードされた映像や音声(音楽も含む)なら、

プライベート目的であってもデジタル方式でコピーしちゃダメ。

ただし、違法であることを知っていた場合の話。

また、もともとタダで提供されていたら刑事罰は無し。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「今回の法改正で仕事でのちょっとしたコピーができなくなる」

と思っている人がいるが、それは間違いだ。

それは「大前提の例外」のレベルですでに禁止されている。

法改正とは関係なく禁止だ。

今焦点があたっているのは「大前提の例外の例外その2の例外」

のレベルの話なのだ。

 

文化庁の目指す法改正

今、文化庁が狙っているのが

上記「大前提の例外の例外その2の例外」の部分だ。

 

今までは「映像や音声」だけに限定していたのだが、

「全ての著作物」にまで範囲を大きく広げようとしているのだ。

(当然、文章もマンガも写真も絵も入る)

 

でもそれだけだと、厳しすぎる印象を与えるので、

色々と付いていた条件を変えようとしている。

 

具体的には以下のような感じだ。

 

・「違法アップロードだ」とちゃんと認識していない限りはOK。

 (今までもそうだったが、そのことを明確にした)

・有名な海賊版サイトからのダウンロードであっても、

 ネットの知識がなくて分かってなかったのならOK。

・マンガ等をそのままアップしたものではなく、

 ファンが二次創作(パロディ等)して自分でアップしたものなら、

 ダウンロードしても刑事罰は受けない。

・何度も繰り返し行う悪質な行為でなければ、

 ダウンロードしても刑事罰は受けない。

・もともとがタダのものなら刑事罰ないのは元のまま。

 

文化庁はこう言っているわけだ。

 

「コピー禁止になる範囲は広げます。

 でも安心してください!

 条件を山盛り付け加えたので、

 実際に法律違反になったり警察に捕まったりするようなケースは、

 すごく限られた場合でしかないんですよ!

 全然たいした話じゃないんです!

 心配ご無用です!」

 

パブコメ

つい先日、文化庁パブリックコメントを開始した。

パブリックコメントとは、国民に広く意見を求めること。

 略称「パブコメ」)

 

●侵害コンテンツのダウンロード違法化等に関するパブリックコメントの実施について

https://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=185001067&Mode=0

 

前回の「敗戦」 から学び、

「広く国民に開かれた議論」を「丁寧に」進めるつもりらしい。

 

次回はこのパブコメについて解説しよう。

読んでみると分かるが、これは単に上から「やれ」と言われた役人が、

仕方なく作った資料ではない。

「次こそは絶対に勝つ!!」という、

資料を作った役人自身の熱い執念がにじみ出てしまった内容になっている。

文化庁の逆襲が始まったのだ!!

興味がある人は、パブコメの資料を事前に読んでみてほしい。

 

所感

私自身の考えを簡単に言っておきたい。

 

資料に書かれている文化庁の考え方や、

法改正の規定の1つ1つについては、納得できるものも多い。

 

それでも、全体を引いた目でみると、こう感じてしまう。

いくら何でも、ルールがややこし過ぎないか?

 

例外の例外の例外・・・を重ねた上に、

その例外ルールが適用になるための条件も大量にある。

これを全部覚えないと、

安心してスクショ(スクリーンショット)も出来ないなんて!

 

頭のいい人が色んな意見に気をつかってルールを作ると、

複雑怪奇なものが出来上がってしまう。

ルールとは、そういうものだ。

(消費税の軽減税率を思い出してほしい!)

ある程度は仕方ない。

 

でも今回の法改正は、業界のプロが理解すれば済むようなものではない。

ごく普通の人が、ごく普通に毎日やっているスクショのような行為を

規制する法律なのだ。

分かりにくいものじゃダメだ。

 

何度も言ってきたように、

昔は一部の業界だけのための法律だった著作権法は、

今では国民みんなが関わる法律になった。

これ以上ややこしくするのは、本当に避けた方がいい。

 

私見だが、そもそもの著作権の設計に無理があるように思う。

 普通の人間の感覚なら「プライベート目的のコピー」は、

 自由にできるのが当たり前のものだ。

 お茶の間でやっていることにまで文句を言われたくない。

 でも著作権法では「全てのコピーは禁止」にした上で、

 あくまでも「例外」としてプライベート目的のコピーを許している。

 まるで、権利者のお情けで特別に「お目こぼし」してもらっている

 ような感じだ。

 制度を設計する上で便宜的にそうしているだけなのだが、

 人間はどうしても出来上がったものに引きずられる。

 ついつい「本来は禁止なんだから、禁止だ!」となって、

 さらなる例外ルールを積み重ねてしまう)

 

(ちなみに著作権の制度設計がこうなっているのは、

 文化庁のせいではない。

 これが国際標準の設計方式なのだ)

 

次回は、「執念のパブコメ」について見ていこう。

 

 

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今、肖像権が熱い!

肖像権の円卓会議

肖像権についての勉強会に参加してきた。

いや~、熱い会だった。

 

「肖像権ガイドライン円卓会議 ー デジタルアーカイブの未来をつくる」

http://digitalarchivejapan.org/3661

 

主催は「デジタルアーカイブ学会」。

日本中にある歴史、伝統、文化にかかわる情報を、

どうすれば上手く集めて保存し、みんなで共有し、

未来へ残していけるのか?

研究を積み重ねている団体だ。

(「アーカイブ」とは、記録の保存書のこと)

 

アーカイブを作る上で問題になるのが、著作権や肖像権だ。

例えば、巨大台風の被害にあった人々を撮影した写真。

今後の災害対策で貴重な資料になるはずなのに、

保存してみんなが見れるようにしたら、

撮影した人の著作権侵害になるかもしれない。

撮られた人の肖像権侵害になるかもしれない。

公的なアーカイブが人の権利を侵すわけにはいかないので、

どんなに良い写真であっても、諦めることが多かった。

 

特にやっかいなのが、著作権よりも肖像権だ。

以前に解説した通り、肖像権については法律が存在しないので、

グレーゾーンが多い。

 

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「肖像権侵害になるかどうか、何とも言えない」

専門家でさえ、そう答えるしかないケースも多い。

 

せめて、はっきりした判断基準があれば・・・!!

 

そんな我々の宿願を果たすために、専門家たちが立ち上がった。

 

大学教授、弁護士、写真家、アーカイブ作りの実務家など、

業界の第一線にいるメンバーが集まり、

「肖像権的にアウトか?セーフか?」の基準を作るために

議論を交わすための会が、私が参加した勉強会だ。

 

秋葉原の駅から歩いて6分。

御茶ノ水の会場には、200人ぐらいのオーディエンスが来ていたと思う。

 

ガイドライン

会では、最初に「ガイドライン」の案が示された。

いずれ何らかの形で公開されると思うので、詳細は省略するが、

重要なのは「ポイント制」を導入していたことだ。

 

・撮られた人が政治家なら、プラス10ポイント。

・撮られた人が16才未満なら、マイナス20ポイント。

・屋外や公共の場なら、プラス15ポイント。

・水着などを着ていて肌の露出が多いなら、マイナス10ポイント。

・撮影から20年たっているなら、プラス10ポイント。

 

こんな感じで、ポイントを計算していく。

合計がマイナスにならなければ、つまり、ゼロポイント以上なら、

肖像権的にはセーフだ。

アーカイブ写真として公開できる。

 

以前の私の記事でも似たようなポイント加算の計算をしていたが、

このガイドライン案は、それ以上に詳細で明確だ。

過去の裁判例なども研究し、

ポイントの項目や点数に反映させているという。

 

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「裁判をしないと、はっきりしたことは言えません」

などと言ってお茶を濁す専門家も多い中で、

かなり❝攻めた❞ガイドラインになっていると感じた。

 

議論

このガイドラインを叩き台にして、熱い議論が始まった。

 

「ここのポイント数は、もっと少なくて良いのでは?」

「屋外かどうかではなく、

 普通なら撮影されてもおかしくない場所かどうかが大事なのでは?」

「性的な見方をされやすい若い女性の場合、他と同じ基準でいいのか?」

「撮影から何十年たっても、誰が写っているか分かる人には分かる。

 経過した年数をプラスポイントに数えて本当に良いのか?」

などなど。

 

一線級の専門家が次々と思いもよらない角度から

球を放り込んでくる。

それを別の専門家が巧みに打ち返す。

徐々に会場の熱量が上がり、エキサイティングな場へと変わっていく。

 

何より司会の福井健策弁護士が素晴らしかった。

発言者の問題提起に対して的確なコメントで論点をまとめ、

スピーディに議論を発展させ、

ときにはユーモアを交えてなごませる。

空中分解してもおかしくない程に広がった議論を、

無理に方向づけようとせず、

より高い次元のテーマへと昇華させていく。

会場全体を巻き込んで盛り上げるので、

オーディエンスも次々と手を挙げて発言する。

参加者全員が一体となっていく。

神がかった司会ぶりだった。

 

目立つのが苦手な私も場の熱さにやられてしまい、

思わず挙手してしまった。

「自分の顔や姿は、自分のアイデンティティとつながっている。

 勝手にモザイクをかけられたり、加工されたりするのは嫌だ。

 そんな観点も必要では?」

と言って余計な論点を増やしたのは私です。

 

今後

今回の議論をもとに、

ガイドライン案はさらにブラッシュアップされるだろう。

いずれは公開されると思うので、楽しみに待っていてほしい。

 

世間では、小泉進次郎大臣の「セクシー発言」が話題となり、

環境保護活動家グレタ・トゥンベリさんの怒りのスピーチが注目を集め、

あいちトリエンナーレ文化庁が「補助金ださない」と決めて

非難されたりしていた日だった。

 

そんな中で「アーカイブの肖像権問題」という、

マイナー(?)なテーマの会に200人が集まった。

そして、みんなで熱く語り合った。

 

AKB48も、始まりは秋葉原の小さな劇場だった。

観客も少なかった。

それでも会場の熱量は当時から高く、

熱狂的なファンがグループを支えていた。

そして国民的アイドルへと駆け上がっていった。

 

これはもう間違いない。

今、肖像権が来ている。

肖像権が熱い!

みんなも乗り遅れるな!

 

肖像権が、国民的な議論のテーマになる日も近いだろう。

そう予感させる良い勉強会だった。

 

 

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JASRAC 嫌いの人を、キャバクラから理解する

「ちょっと音楽つかっただけなのに請求書が来た!」

JASRACジャスラック)は金の亡者だ!」

「あいつらはカスだ!カスラックだ!」

 

あいかわらずJASRAC嫌いの人は多い。

JASRACから音楽を守る党」なんてものも出来そうな勢いだ。

 

JASRACから音楽を守る党 設立準備会

https://nojasrac.com/

 

今回はJASRACを毛嫌いする人々について考えてみよう。

 

キャバクラ

キャバクラというシステムのお店がある。

 

綺麗に着飾った女性が隣に座って水割りを作ってくれる。

自慢話、グチ、ウンチク、どんな話でも

「えー!すごーい!」

「おもしろーい!」

と聞いてくれる。

嬉しい。

つい調子にのって「フルーツ盛り合わせ」を注文してしまう。

僕のお気に入りの愛ちゃんも

「えー!おいしー!ありがとー!」

と喜んでくれている。

 

愛ちゃんは僕のことを好きに違いない。

思い切ってデートに誘ってみた。

 

「えー!うれしー!同伴かアフターで行きましょう!」

「いや・・お店とは関係なく2人だけで楽しみたいんだ」

「えー、私もあなたのこと好きだから、そうしたいんだけどー、

 お店に怒られちゃうんです・・」

「そんな・・」

 

仕方がないからお店を出ることにした。

そこへ黒服の人がスッとやってきた。

「お客様、本日はありがとうございました。

 お会計をお願いします」

 

5万円!

た、高い!高すぎる!

水割りを飲んだだけなのに、なんでこんなにするんだ!

フルーツ盛り合わせなんて、原価は数百円しかしないだろ!

 

「ボッタクリだ!」そう怒鳴りたい気持ちをグッとおさえて

黒服をにらみつける。

しかし彼は涼しい顔で

「適正なサービス料です」と言わんばかりだ。

 

仕方なく会計をすませて店を出る。

 

その後、愛ちゃんからメッセージが来た。

「今日はありがとー♡

 またお話したいな♡」

 

ほら見ろ!

愛ちゃんは僕のことが好きなんだ!

お店とは関係なく会いたいんだ!

僕と愛ちゃんの純粋な気持ちを邪魔しやがって・・・あの黒服め!

あいつ嫌いだ!!

 

悲しい気持ち

もしもこんなことを言っているオッサンがいたら、

悲しい気持ちになる。

 

このオッサンに「世の中の仕組み」を教えてあげる人はいなかったのか?

 

愛ちゃんと黒服は、単に役割分担をしているだけだ。

愛ちゃんは、接客サービスを提供してオッサンに好きになってもらう役割。

黒服は、しっかりと料金を回収する役割。

つまり、愛ちゃんは「愛され役」。黒服は「嫌われ役」だ。

個人個人がそれを意識しているかどうかは関係ない。

業界全体として戦略的に役割を分けているのだ。

だって、その方が儲かるから。

 

こんなことは、知識以前の問題だ。

生きる上での知恵というか、常識だ。

 
彼らの戦略にうまく乗せられている黒服嫌いのオッサンは悲しい・・・。

 

音楽

 音楽というジャンルの芸術がある。

 

素晴らしい感性をもった音楽家が作詞・作曲をする。

 

愛情、悲しみ、誇り、色んな気持ちを

心地よいメロディーに乗せて運んでくれる。

感動させられる。

この素敵な曲をみんなと共有したい。

自分のお店で流そう。

コンサートで演奏しよう。

僕のお気に入りの音楽家

「ぜひみんなに聞いてほしいです!」と言っていたし、

喜んでくれるに違いない。

 

お店は繁盛し、コンサートは成功した。

 

そこへ、JASRACがやってきた。

著作権使用料をお支払いください」

 

5万円!

た、高い!高すぎる!

音楽を流しただけなのに、演奏しただけなのに、

なんでこんなにするんだ!

音楽なんて、原価はゼロだろ!

 

「ボッタクリだ!」という気持ちでにらみつけるが、

JASRAC

「使用料規定に基づいた料金です」

とゆずらない。

 

その後、大好きな音楽家ツイッターでつぶやいていた。

「本当はお金のことなんか気にせずに、私の音楽を使ってほしい」

 

JASRAC方針に宇多田ヒカルさん「気にしないで無料で使って欲しいな」 歌手も一般人もネットで批判、反発、困惑…

https://www.sankei.com/entertainments/news/170206/ent1702060003-n1.html

 

ほら見ろ!

楽家だってお金のことを気にせず使ってほしいんだ!

 

純粋な音楽の喜びを邪魔しやがって・・・JASRACめ!

あいつ嫌いだ!!

 

再び悲しい気持ち

こんなことを言っている人が実際にいる。

悲しい気持ちになる。

 

この人たちに「世の中の仕組み」を教えてあげる人はいなかったのか?

 

楽家JASRACは、役割分担をしているだけだ。

楽家は、作詞・作曲をして音楽を好きになってもらう役割。

JASRACは、しっかりと料金を回収する役割。

「愛され役」と「嫌われ役」だ。

個人個人がそれを意識しているかどうかは関係ない。

業界全体として戦略的に役割を分けているのだ。


キャバクラほど露骨な分担ではないかもしれないが、

楽家JASRACの戦略も、相当分かりやすいと思うのだが・・

 

JASRACを嫌う人は、

キャバクラに通う黒服嫌いのオッサンと同じだ。

 

JASRAC嫌いの人は悲しい・・・。

 

優しく

世のJASRAC批判の中には、耳を傾けるべきものもある。

しかしネット上で見られる批判のほとんどが、

黒服嫌いと同レベルなのだ。

 

もしあなたの周りにJASRAC嫌いの人がいたら、

優しく接してあげよう。

できれば、世の中の仕組みについても教えてあげてほしい。

あなた自身が嫌われてしまわないように気を付けて。

 

上記の宇多田ヒカルさんの発言について、

彼女がどんな意図を込めているのかは知らない。

こちらの記事も一応よんでおいてほしい。

学校の授業ではもともと使用料はかかっていないという内容だ。

 

宇多田ヒカルJASRAC著作権料にツイート 内容を誤解していた?

https://news.livedoor.com/article/detail/12639151/

 

音楽とJASRACについては、こちらの記事でも解説しているので、

参考にしてほしい。

 

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音楽もキャバクラも、正しく楽しもう!

 


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能年玲奈さんの名前は誰のもの? 肖像権の深淵に挑む(5)

ここまでは、肖像権や人の顔を中心に解説してきたが、

今回は人間を表すそれ以外の要素についても浅く広く考えてみよう。

 

能年玲奈の決起集会

最近、ヤマダ君の気分が晴れない。

ブログ「Mr.ヤマダのカスミウォッチ!」に有村架純さんの記事を

毎日更新しているが、大きな反響があるわけではない。

書いている時間は楽しいが、

書籍化を果たしたスズキ君のブログとつい比べてしまう。

それにスズキ君の方が活動的だ。

有村さんだけでなくお姉さんの藍里さんにまで興味の範囲を広げ、

忙しそうに応援している。

スズキ君の毎日は充実しているようだ。

ヤマダ君にも、

有村さんへの気持ちだけは誰にも負けないプライドはある。

だけど「僕、このままでいいのかな・・」と考えてしまう。

 

ある日、なじみのない人からメッセージが届いた。

 

「久しぶり。ヤマダ君。

 「「あまちゃん」女優・ファンの集い」の幹事、タカダです。

 実は今度、能年玲奈さんのファンだけで、

 決起集会をしようと企画しています。

 ヤマダ君も能年さんの大ファンだったよね?

 新聞の写真みたから知ってるよ。

 ぜひ参加してください。

 次の土曜日、日比谷公園で!」

 

・・・誤解だ。

あの時の新聞に曖昧な書き方をされたから、

能年ファンだと思われている。

どうしよう?

・・でも、行ってみても良いかも。

スズキ君のように視野を広げてみるのも悪くない。

新しい視点から有村さんの魅力を再発見できるかもしれないし。

これは浮気じゃない!

 

会場に行ってみると、ハチマキを巻いた20人ほどの集団がいる。

その1人が近づいてきた。

 

「いや~、ありがとう!ヤマダ君!

 やっぱり来てくれたんだね!

 はいこれ!」

 

そう言ってハチマキを渡される。

ハチマキには「能年玲奈さんに名前を返せ!」と書いてある。

 

「君も能年ファンなら知ってるよね?

 能年さんが所属事務所とモメちゃって、

 自分の名前が使えなくなってること。

 だから今は「のん」って名乗ってるんだ。

 でも、能年玲奈って本名なんだよ!?

 本人が使えないなんておかしいよ!

 僕らファンが何とかしなくちゃ!

 だから能年さんには内緒で署名活動を始めたんだ!」

 

タカダ君は署名用のペンと用紙を手渡すと、

すぐに「いや~、ありがとう!ハマノ君!来てくれて!」と

行ってしまった。

 

どうしよう?

タカダ君の言っていることは正しいと感じる。

名前はその人を表す大切なものだ。

簡単に人から奪っていいものじゃない。

能年さんのファンではないけど、署名活動には協力してもいい。

 

こうしてヤマダ君は人々に署名を求めて一日を過ごすことになった。

 

名前は誰のもの?

「顔」だけでなく「名前」も、その人を表す重要な要素だ。

本人のアイデンティティと深く関わっている。

実際、パブリシティ権の対象には、

顔だけではなく名前も含まれる。

イチロー選手の顔写真を使っていなくても、

イチローモデル」として野球グッズを売り出せば、

彼のパブリシティ権が働く。

 

「名前」は誰のものだろう?

「当然、本人のものでしょう!」と言いたくなるが、

過去の裁判では必ずしもそうなっていなかった。

長嶋一茂事件」や「加勢大周事件」は、

名前(や肖像)が本人ではなく「所属事務所のもの」の場合もある。

という考え方だった裁判だ。

(争点が違うので、能年さんのケースと単純比較はできない)

 

しかし「ピンクレディー事件」で流れが変わった。

名前(や肖像)のパブリシティ権は本人の人格から生まれたものだ。

とハッキリ宣言されたので、

今では「名前は本人から切り離せない」という考え方が優勢だ。

能年さんの名前は、能年さんのものなのだ。

 

彼女と事務所の争いにどんな決着がつくか分からないが、

本人が自分の名前を名乗れないなんて、どう考えても異常だ。

堂々と「能年玲奈です」と出演する彼女の姿を見たいと思う。

 

名前以外は誰のもの?

「顔」や「名前」以外はどうだろう?

本人を表現しているもの。そして権利が発生するものはあるだろうか?

 

手や足のモデル、いわゆる「手タレ・足タレ」の手足は?

撮影されることで経済的な価値を生んでいるという意味では、

タレントの顔と同じだ。

体のパーツに肖像権はあるのだろうか?

 

フツーに考えると、権利は発生しないだろう。

人間は人間の顔を重視する。

待ち合わせの場で相手の手の形を確認して

「久しぶり!」とは言わない。

顔をみて、待ち合わせ相手だと判断する。

「人格」と「顔」のつながりは強いが、

それ以外のパーツとのつながりは弱い。

 

「声」ならどうだろう?

竹中直人井上陽水、クロちゃん・・・

声だけで誰か分かる。

その独特の声色に、本人の人格を感じる。

声色に肖像権(のようなもの)はあるだろうか?

 

国内には事例がなさそうだが、アメリカにはいくつか判例があるらしい。

有名な歌手の声に似せた歌をテレビCMに使った事件だ。

(「Midler判決」「Lahr事件」など)

本人の歌声を使ったわけではないのに、

権利侵害になるのか?という興味深い裁判だ。

勝った裁判も負けた裁判もあり、

「声色に権利がある」とまでは断言しづらい状況だ。

 

人間にまつわる情報は?

そもそも肖像権とは、「人権」の一種だ。

顔が「人間の中身(アイデンティティ)」と

深くつながっているから生まれた権利だ。

 

でも、人間の中身とつながっているのは、顔や名前だけじゃない。

「自分が自分である」と確信できる根拠は、人それぞれだ。

 

それは、学歴かもしれない。

会社での肩書かもしれない。

クラスで一番モテるという事実かもしれない。

親友の数かもしれないし、

ツイッターのフォロワーの数かもしれない。

人間ドックで優秀だった数値かもしれない。

好きな音楽に打ち込んでいる瞬間かもしれない。

世の役に立つ仕事に生涯を捧げたという誇りかもしれない。

泣いているとき母親に抱きしめてもらえたという記憶かもしれない。

 

それら全ての事実や記憶や感情によって、私は私でいられる。

 

権利の対象を「顔」や「名前」だけに限定するのは、

おかしいんじゃないか??

自分に関する全ての事柄に、何らかの権利があって良いのでは・・?

 

最近、そんな考え方が流行っている。

「自己情報のコントロール権」という言葉も、

よく聞かれるようになってきた。

 

以前なら個人に関する情報のうちで、

気軽に扱ってはいけないものは限られていた。

「病歴」や「犯罪歴」や「思想信条」など、

いわゆる❝センシティブ❞な情報だけは、取扱注意だった。

今や「個人情報保護法」によって、

氏名や住所など、きわめて基本的な情報も

本人の同意なく扱えなくなっている。

 

EUでは、日本よりもはるかに厳しい規則(GDPR)が実施された。

グーグルやフェイスブックに吸い取られた個人の情報・履歴を、

ユーザーへ取り戻すためのルールだ。

 

「忘れられる権利」なんていう不思議な権利まで出てきた。

 

●「忘れられる権利」で日本の最高裁が初の判断

https://www.asagaku.com/chugaku/newswatcher/8915.html

 

「個人にまつわる情報は、全てその人のものである」

これが発想の出発点になっているようだ。

顔や名前に限らない。

自分に関するものは、全部自分のもの!

きわめて「人権尊重」「個人主義」的な発想だ。

 

私はこの風潮に対しては、

「ちょっと行き過ぎなのでは?」

と感じている。

前回も述べた通り、自分に関する情報は、

「自分のもの」であると同時に「社会のもの」でもある。

何でもかんでも「自分のものだ!」と主張するのは、

極端すぎるのではないだろうか。

 

人間って何だろう?

自分を形作っているものは何だろう?

こう問いかけてから、1つ1つのルールを考えるべきだと思う。

 

ヤマダ君のアイデンティティ

ヤマダ君は能年さんのために署名活動をがんばった。

けっこうな数の署名が集まった。

日も暮れてきたし、そろそろ帰ろうとしたところ・・

 

「こんばんは」

 

綺麗な女性2人が話しかけてきた。

そのうち1人がこう言ってきた。

 

「あの・・・ありがとうございます。

 本当は色々ややこしいことになるから、

 来ちゃダメだって言われてるんですけど、

 こんなに熱心に応援してくれている人がいるって聞いて、

 どうしてもお礼がいいたくて・・・こっそり来てしまいました。

 いつも応援ありがとうございます!」

 

よく見ると・・じぇじぇじぇ!能年玲奈さんだ!

 

「い、い、いえ、とんでもない!

 当然のことをしてるだけです!

 でも・・・実は・・いつも応援してるわけじゃないんです」

 

「正直なんですね(笑)」

 

「僕、本当は有村架純さんのファンなんです」

 

「そうなんですか!

 聞いた?架純ちゃん?」

 

え?

もう1人の女性は・・有村架純さんだった!!

 

そうか、共演者同士仲が良いと聞いたことはあったが・・・

 

それからの10秒間は夢のようだった。

自分が何を言ったかは覚えていないが、

「応援ありがとうございます」と言ってもらい、握手をしてもらえた。

間近で笑顔を見ることができた。

 

有村さんは「今度よんでみますね!」と言い残して、

能年さんと連れ立って他の署名活動家に挨拶をしに去っていった。

 

最高だ。

有村さんのファンで良かった。

その上、今度よんでみるなんて・・・

 

ん?よむって何を?

 

そうだ!自分が言ったことを思い出した!

「「Mr.ヤマダのカスミウォッチ!」っていうブログを、

 毎日書いています!」

って言ったんだ!

 

有村さんがそれを読むと言っている!

これは大事件だ!

 

これからは今まで以上に有村さんを応援しよう。

彼女が読むかもしれないブログも、もっと頑張ろう。

有村さんに会えたこと、有村さんのファンでいること。

これこそが、僕のアイデンティティだ。

 

ヤマダ君の憂鬱は吹き飛んだ。

 

おわりに

( 当然ですが、ヤマダ君に関する部分は全てフィクションです)

 

肖像権について考えると、

どうしても「人間とは何か?」といった論点まで行きついてしまう。

 

今回の連載は話が広がりすぎて

舌足らずで掘り下げ不足のところも多い。

 

深淵なテーマなので、引き続き考えていきたいと思う。

 

積み残しの宿題についても簡単に触れておこう。

 

・覆面レスラーに肖像権はあるのか?

  → 覆面の顔はマンガのキャラクターと同じようなものなので、

    本来は肖像権ではなく著作権で守られるべきもの。

    肖像権は認められづらいと思うが、

    長いレスラー生活で本人とマスクが完全に一体となった人生を

    送っている人なら、肖像権は発生するかも??

 

ディープインパクト(馬)の肖像権は?

  → 肖像権やパブリシティ権は「人権」なので、

    人間以外には無い。

    「ギャロップレーサー事件」という有名な裁判で、

    「俺の馬を勝手にゲームに使うな!」という訴えがあったが、

    認められなかった。

 

パブリシティ権については、以下の本を参考にさせていただいた。

感謝申し上げます。

 

 

 


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整形アイドルの顔は誰のもの? 肖像権の深淵に挑む(4)

おさらい

ここまで3週にわたって肖像権について見てきたが、

簡単におさらいしておこう。

まとめると、以下だ。

 

・肖像権について定めた法律は無い。

・肖像権は、あいまいな権利。

 だからこそ「私には肖像権がある!」と強く主張する人もいるので、

 注意が必要。

・肖像権は、「肖像権」と「パブリシティ権」に分けられる。

 

・肖像権は、自分の姿を勝手に撮影されること、

 撮影されたものを公表されることについて

 「イヤだ!ダメだ!」と言える権利。

・肖像権侵害になるかどうかは、

 「相手に分かるように撮影していたか?」

 「撮影される人は何をしていたか?」

 「撮影・公表する目的は正当なものか?」

 など色んな要素を考えて、最後は常識的に判断するしかない。

 

パブリシティ権は、

 タレントパワーを商売目的で人に勝手に使わせない権利。

パブリシティ権侵害になるかどうかは、

 タレントの顔や名前(タレント肖像)を使った人の動機を分析して、

 「タレントパワー目的が90%以上」と言えるかどうかによる。

・目安として大事なのは、以下の3類型に当てはまるかどうか。

 1.タレント肖像それ自体を見て楽しむための商品。

 2.他の商品より目立たせて買ってもらいやすくするために

   タレント肖像を付けた商品。

 3.タレント肖像を使った広告。

 

今のところ肖像権ついてはっきり分かっているのは、

上記ぐらいのことだ。

 

ここから先は、よく分かっていない論点も考えてみたい。

 

肖像権そのものからは少し離れた議論になるかもしれないが、

「そもそも顔とは?」と考えてみるもの、

肖像権への理解が深まって良いと思う。

 

スズキ君の再異変

最近、またスズキ君の様子がおかしい。

ヤマダ君と2人で有村架純さんについて語る例会をしていても、

ぼーっとしている時間が多い。

モゴモゴと独り言をいっている。

耳を澄ませてその内容を聞いてみると・・

「・・アイリ・・・アイリ・・・」

とか言っている。

いったいどうしちゃったのか?

 

「ねえ!スズキ君!どうしたの?」

「あぁ・・・・ん?聞いてる、聞いてる。」

「アイリって誰のこと?」

「(ドキっ)いや!・・その・・実は・・・

 有村架純さんの他に気になる女優さんがいるんだ」

「そんな・・有村さん一筋だった君が?」

「うん・・彼女にお姉さんがいるの知ってる?

 有村藍里さん。

 彼女も女優さんでアイドルなんだ。

 映画『Bの戦場』での熱演は素晴らしかったよ」

 

それから延々と1時間も有村藍里について語ったスズキ君は、

最後にこう付け加えた。

 

「僕、彼女の生き方にも共感してる。

 藍里さんは整形してるんだ。

 そしてそのことを公表してるんだ。

 彼女はこう言ってる。

 「自分の写真をみても、何かしっくりこなかった。

  自分の顔にコンプレックスがあった。

  だから整形を決意した。

  整形後は内面も変わった。

  明るく、自分らしく生きられるようになった」って。

 ねえ?すごいと思わない?」

「う、、うん。そうだね」

 

●<有村藍里、整形公表後インタビュー>番組で公表した理由「失うものはない」 見た目にコンプレックスを持つ女の子たちに伝えたいこと

https://mdpr.jp/interview/detail/1828447

 

「実は、僕が有村架純さんのグッズ販売をやめることができたのも、

 彼女のことを知ったからなんだ。

 藍里さんの生き方から教わったんだ!

 人は自分の意志で変われるっんだって!」

「そうだったんだ・・」

「だから僕、これからは架純さんだけじゃなく藍里さんも応援するよ」

 

こうして2人の「例会」は、

「藍里と架純について語る会」に変わった。

 

でも、ヤマダ君は架純さん一筋だ。

藍里さんにはそんなに興味が持てない。

ますます熱のこもるスズキ君の「藍里トーク」についていけない。

つい、こんなことを言ってしまった。

 

「でも・・やっぱり藍里さんが整形したのはもったいない気がするな。

 せっかく架純さんのお姉さんの顔をもって生まれてきたのに。

 それに、整形前の藍里さんを応援してきたファンにとっては、

 急に顔が変わってショックだったんじゃないかな・・」

 

スズキ君の顔が少しひきつる。

 

「ヤマダ君、今のは聞き捨てならないな。

 彼女の顔は彼女のものなんだよ。

 自分の思う顔と実際の顔が違っていた彼女が、

 悩んだ末に自分の意志で選び取った顔なんだ。

 それを否定するなんて、誰にもできないよ!」

 

さすがスズキ君。

理屈ではとても敵わない。

 

それでも、ヤマダ君は何だかモヤモヤしたものを感じてしまう・・・

 

顔は誰のもの?

以前書いたとおり、

「あなたの顔」と「あなたの中身」つまり「アイデンティティ」は、

切っても切り離せないものだ。

あなたの人格を表しているものが、顔なのだ。

(だから、顔に関する話はデリケートな話題になりやすい。)

自分の顔は「自分のもの」だ。

間違いない。

 

一方で、顔には別の意味合いもある。

例えば、あなたの運転免許証やパスポートを見てほしい。

あなたの顔が貼ってある。

警察や出入国の審査官が、目の前にいるあなたを

「間違いなくあなただ」と確信できるのは、

写真と顔が一致しているからだ。

友人や恋人と待ち合わせをして出会うことができるのは、

あなたがあなたの顔をもっているからだし、

家族や親戚が「血縁の絆」を感じられるのは、

顔が似ているから。という要素もあるはずだ。

(「この子、目もとがおじいちゃんにそっくり!」)

顔は、人があなたを他の人と見分けるための「目印」という役割も

もっている。

自分だけの意志で簡単に変えてしまえたら、

周りの人が困ってしまう。

あなたの顔は「社会のもの」でもあるのだ。

ヤマダ君が引っかかったのも、このポイントだ。

 

顔の改変権

昔なら、こんな議論に大きな意味はなかった。

顔を変えるなんて、不可能だったからだ。

でも今は違う。

整形は手軽にできるようになりつつある。

整形までいかなくても、

メイクで「盛る」のは普通のことだ。

別人のようになることが出来る。

ネット上には加工されたプロフィール写真が飛び交っている。

自分の顔を選ぶことができる時代になった。

 

「自分の顔は自分のものだ」と信じる人を「自分派」と呼ぼう。

親やDNAによって与えられた顔は、本当の自分ではない。

自分の顔へのコンプレックスは本当に辛い。

顔は自分の内面を反映させつつ、

自分の意志で選び取り、作り上げるものなのだ。

 

「自分の顔は社会のものでもある」と信じる人を「社会派」と呼ぼう。

顔は社会があなたを認知するために必要なものだ。

生まれたままの顔が、あなた自身を表すものなのだ。

勝手にコロコロと変えて良いはずがない。

 

自分派の人々は「整形するのは個人の自由だ」と主張するだろう。

整形が一般的な韓国では「自分派」が主流のように思われるだろうが、

根強い「社会派」からの反発もあるようだ。

 

K-POP界の過剰な美容整形問題、韓国政府が提言

https://rollingstonejapan.com/articles/detail/30065

 

女性も多くは「自分派」らしい。

男性が無神経に「素顔の方がかわいいね」とか言ったりすると、

すごく怒られる。

「メイクの努力を全否定された気持ちになる」というのが、

彼女たちの主張だ。

彼女たちにとっては、自分の意志で盛った顔が「本当の自分」なのだ。

 

パスポート、免許証、社員証、学生証など、

公的な意味を持っている写真では、❝盛った写真❞は許されない。

カラーコンタクトで申請すると撮り直しを要求されてしまう。

彼らにとって顔は「社会のもの」だ。

 

●外務省 パスポート申請用写真の規格

https://www.mofa.go.jp/mofaj/toko/passport/ic_photo.html

 

自分の顔は誰のものなのか?

「顔の改変権」は、個人が独占しているのか?

考え出すと、けっこう切実な問題だと分かる。

 

もう少し考える

「顔の改変権」を掘り下げると、ますます不可思議な話になっていく。

 

・整形したら、整形前の顔については肖像権が働かなくなるのか?

 「今の顔」が本当の自分つまり人格と結びついているのなら、

 「過去の顔」はもはや関係ないってことなんじゃないの?

 それとも、何度も整形を繰り返す人は複数の顔に肖像権があるの?

 

・自分の顔を有名人そっくりに変えることは、自由にできるのか?

 浜崎あゆみそっくりになるためには、彼女の許可が要るのか?

 そっくりになってCM出演しても良いのか?

 本人だと偽るのは良くないとしても、

 「あくまでも別人です」と表示さえすればOKか?

 

・インスタグラムが肖像権を尊重した新しい機能を開発!

 撮影されたあなたの顔を、あなた好みに改変できます!

 例えそれが、人が撮影してアップしている写真でも。

 → 「友達と行ったカラオケ楽しかった~」とアップした写真が

   知らないうちに改変されてる!

   あなたと仲良く肩を組んでいるのは、

   お目めぱっちりの知らない人だ!

   友達に確認したら、こう言ってきた。

   「あ~、私の顔イマイチだったから加工しといた。

    私の顔は私のものなんだから、いいでしょ?」

 

・ある東南アジアの国では、国王が全国民から敬愛されている。

 肖像画があちこちに貼ってある。

 ある日、国王がこう言い出す。

 「俺、整形したい。白人みたいな顔立ちになりたい」

 こんなことは許されるのか?

 国民の気持ちはどうなってしまうのか?

 

顔を自由に作り変えることができる時代には、

顔が変わらないことを前提にしていた社会の仕組みが

揺さぶられてしまうのだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ここで挙げた論点について、今のところ明快な答えは一切ない。

スズキ君の意見もヤマダ君の感覚も、どちらも正しいのだ。

 

いずれは「顔は誰のもの?」という議論が必要な時代が来ると思う。

そのときになって極端な意見に引っ張られないように、

今のうちから考えを巡らせておいても良いと思う。

 

次回はもう少し話を広げて、顔以外の要素についても考えてみよう。

ヤマダ君の物語も、あと少しだけ続く。


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タレントの本やグッズを勝手に発売しても大丈夫なのか? 肖像権の深淵に挑む(3)

「肖像権」は、

「肖像権」と「パブリシティ権」の2つの権利に分けられる。

今回は「パブリシティ権」の方について説明しよう。

 

スズキ君の異変

最近、スズキ君の様子がおかしい。

ヤマダ君と2人で有村架純さんについて語り合っているときも、

何だか身が入っていない。

 

「昨日『ナラタージュ』を見返してみたんだけど、

 有村さんの演技について、新たな発見をしたよ。

 ・・・・ねえ!スズキ君!聞いてる?」

「あぁ・・・・ん?聞いてる、聞いてる。

 ごめん、ヤマダ君。僕もう行かなきゃ。

 打ち合わせの予定が入ってるんだ」

「打ち合わせ?何の?」

「それはまだ秘密だよ」

そう言って「お~いお茶」を残して、そそくさと立ち去っていく。

2人の「例会」は、開かれなくなった。

 

次にスズキ君と会えたのは、3か月後だった。

「いやーー、ごめんごめん。

 なかなか時間つくれなくて」

「久しぶりだね。何でそんなに忙しかったの?」

「実はね・・・これを作ってたんだ」

 

スズキ君が取り出したのは、1冊の本だった。

タイトルは

ムッシュ・スズキのカスミレビュー!完全保存版!

 これで有村架純の全てが分かる!』。

表紙の真ん中にポーズを決めたスズキ君が輝いている。

 

彼は誇らしげだ。

「実は、出版社から僕にオファーがあったんだ。

 「あなたのブログを是非とも出版させてほしい」って。

 僕の有村さんについての知識を全て詰め込んで、

 最高の本ができたよ!」

「そうだったんだ・・・おめでとう!

 きっと全国のファンが喜んで買うと思うよ」

「ありがとう。

 本の印税が入ってきたら、ヤマダ君にもご馳走してあげるね」

 

スズキ君のブログの中でも人気コーナーだった、

「豆知識クイズ」を中心に構成した本だという。

「問題:有村架純が最初に出演したドラマは?

 答え:『ハガネの女

 ムッシュの視点:実は、当時の有村さんは役作りのために

 ドラマの役柄と同じような環境で特訓を・・・

 ・・彼女の仕事熱心さがよく分かるエピソードだ」

のような内容の本になっている。

「スキマ出版」という聞いたこともないような弱小の出版社から、

来週発売されるらしい。

本の中をみてみると、ズズキ君の文章の他に、

有村さんが出演した映画やCMの写真がところどころに使われている。

 

「すごい。よくこんな写真使えたね」

「うん。写真の著作権の許可は出版社がとってくれたんだ」

「有村さんか、有村さんの事務所の許可はどうしたの?」

「あ~、うん。

 実は・・・とってない」

「え!なんで?」

「出版社の人に「有村さんの権利については、

 専門家のズズキ先生にお任せしたい」って言われて、

 つい「任せてください!」って答えちゃって。

 でも、以前ヤマダ君が有村さんの事務所に許可をとろうとして

 断られた話を思い出したんだ。

 どうしても出版したかったし・・。

 だから、許可はとってない」

「で、でも、大丈夫なのかな?

 権利とか色々むずかしい問題になるんじゃないかな?」

「きっと大丈夫なんじゃないかな?

 悪口を書いてるわけじゃないし。

 あくまでも女優としてのお仕事について書いてるだけで、

 彼女の私生活を暴くようなことはしてないんだから」

「それはそうだけど・・・出版社もスズキ君も、

 有村さんを使ってお金儲けすることになるわけだから、

 無断でやるのはマズい気がするよ・・・」

 

パブリシティ権

ヤマダ君がひっかかっているポイントが

パブリシティ権」と言われる権利だ。

タレントやスポーツ選手などの有名人には、タレントパワーがある。

彼らの名前や顔がメディアや広告に使わていると、

ついつい目がいってしまう。

興味が引かれてしまう。

 

パブリシティ権は、

「タレントパワーを商売目的で人に勝手に使わせない権利」だ。

 

かといって、タレントの名前や顔(以下「タレント肖像」)を

ほんの少し使うだけで

なんでもかんでも「権利侵害だ!」と言われたら困ってしまう。

何らかの基準が必要だ。

 

権利の侵害になるかどうかの判断基準は、

キング・クリムゾン事件」と「ピンクレディー事件」という

2つの裁判で明らかになった。

 

【判断基準】

 ●「専ら(もっぱら)基準」で判断しましょう。

 ●「専ら基準」で考えるための目安として

  「3類型」を当てはめてみましょう。

 

以下、説明しよう。

 

専ら基準 

「専ら基準」では、

タレント肖像を使った人の「動機」が問題になる。

 

あなたはなぜ彼女の写真を使ったんですか?

タレントパワーに乗っかりたかっただけなんじゃないですか?

写真を使った理由のうち90%以上が、

「タレントパワーに乗っかること」なら、

それはパブリシティ権侵害です!

ということになる。

 

逆に、

「タレントパワーを利用したいという気持ちも少しはあったけど、

 それは全体の90%には達していません。

 せいぜい70%ぐらいです!」

と言えるのなら、パブリシティ権侵害ではない。

 

※「専ら」「もっぱら」の言葉の意味は

 「他はさしおいて、ある一つの事に集中するさま。

  ひたすら。ただただ。」

 数値化するなら「90~100%」ぐらいのイメージのようだ。

 裁判官が「専ら」という言葉を使ったので

 「専ら基準」と言われている。

 

もちろん、本人が「俺の気持ちのうち70%だ」と言い張れば勝てる

というものではない。

タレント肖像の利用状況が客観的に分析された上で判断される。

 

パブリシティ権侵害にあたるかどうかは、

使った人の「動機」を分析し、

タレントパワー目的が90%に達しているかどうか?が基準になるのだ。

 

3類型

基本的には「専ら基準」だけで判断すれば良い。

でも、人の動機の中身を他人が理解するのは難しい。

そこで目安として示されたのが「3類型」だ。

以下の3つのパターンのどれかに当てはまれば、

「タレントパワー目的が90%に達している」と言えるだろう。

ということになっている。

 

パターン1

タレント肖像それ自体を見て楽しむための商品。

 例:アイドルの写真集

 

パターン2

他の商品より目立たせて買ってもらいやすくするために

タレント肖像を付けた商品。

 例:パッケージにアイドルの写真を使ったお菓子

   「イチローモデル」という名前のついた野球用品

 

パターン3

タレント肖像を使った広告。

 例:女優の写真を使った化粧品のポスター

 

この3つのうちどれか1つに当てはまるか?が焦点となる。

(3類型以外のパターンの可能性が全くないわけではないが、

 実務上はこの3つが主戦場)

 

どれかに当てはまればパブリシティ権侵害の可能性がすごく高い。

逆に、当てはまらなければ侵害ではないという結論へ

強く引っ張られることになる。

 

「専ら基準」と「3類型」。

覚えておこう。

 

基準が示された結果

この基準は最高裁判所が示したものなので、

国内の裁判は全てこれに従うことになった。

その結果、タレントがパブリシティ権で訴えても、

なかなか勝てないようになってしまった。

(ちなみに、キング・クリムゾンピンクレディーも負けている)

 

あからさまな❝タレントグッズ❞でない限り、

「利用目的の90%以上」や「3類型に当てはまる」を証明することは

非常に難しい。

微妙なケースでは、ほとんどの場合タレントが負けてしまう。

 

パブリシティ権というものが存在する」ということが

ハッキリした一方で、

パブリシティ権は使い勝手が悪い」ということも

ハッキリしてしまったのだ。

 

スズキ君の暴走

ヤマダ君は前に相談したことのある弁護士にスズキ君を紹介した。

弁護士の意見はこうだ。

「この本は有村さんの女優活動について評論することが目的で

 書いた本ですよね?

 タレントパワーに乗っかりたいという気持ちも

 頭の片隅にはあったでしょうが、

 それが気持ちの90%以上だったとまでは言えないですよね?

 3類型にモロに当てはまるものもないですし、

 おそらくパブリシティ権侵害にはならないでしょう。

 それに、日本には言論・出版の自由があります。

 法律的には負けないでしょう。

 ただし、トラブルを避けるために有村さんの事務所に

 「ごあいさつ」だけはしておいた方が安心だと思います」

 

弁護士事務所からの帰り道、スズキ君は気持ちを固めたようだ。

 

「僕、有村さんの事務所には連絡しないことに決めたよ。

 そもそも権利侵害じゃないんだし。

 それに、発売は来週にせまってるんだから、今さら引き返せないよ。

 ヤマダ君もそう思うでしょ?」

「う~ん。それはそうかもしれないけど・・・

 法律的には大丈夫だとしても・・・有村さんの気持ちはどうなるの?

 ファンから勝手に本を出されたら、

 悲しい気持ちになるんじゃないかな?」

「大丈夫だよ!

 きっと有村さんだって喜んでくれるよ!」

 

こうして、有村さんサイドには無断で本が発売された。

 

そして、当然のように有村さんの事務所からスキマ出版社に

抗議の電話がかかってきた。

「当社の有村の権利を侵害しています!

 今すぐ販売を止めてください!」

 

最初はうろたえたスキマ出版社だったが、

この事態を逆手にとって利用することにした。

有村架純が出版停止を要求した、あの❝禁断の書❞が、

 緊急発売!!

 手に入るのは今だけかも!!

 書店へ急げ!!」

こんなキャンペーンを展開したのだ。

 

弱小出版社としては、記録的なヒット本となった。

スズキ君もちょっとした有名人になった。

 

調子にのったスズキ君、今度はゲームソフトを作ることにした。

 

本に掲載されていた豆知識クイズが次々と出題され、

レベルが上がるとムッシュ・スズキと直接対決できるという設定らしい。

当然、有村さんの許可はとっていない。

「本がパブリシティ権侵害じゃないのなら、ゲームだってOKのはずだ。

 どちらも❝メディア❞であることに変わりはないんだから。

 表現形式が違うだけの話さ」

スズキ君はそんなことを言っているという。

 

ヤマダ君が思い切って電話しても、

まともに話を聞いてもらえない。

「え?ヤマダ君?ちょっと今忙しいんだけど」

「スズキ君すごいね。大活躍だね。

 でも・・有村さんをゲームにするのはやりすぎなんじゃないかな?」

「君の意見なんかいらないよ!もうかけてこないで!」

 

スズキ君は、すっかり人が変わってしまった・・

キラキラした目で有村さんの魅力を語っていた彼が懐かしい。

もうあの頃には帰れないのだろうか・・・

 

スズキ君の暴走は止まらない。

今度はTシャツを発売するという。

シャツの表にはクイズの問題が書いてあり、

裏には答えが書いてある。

それなりに需要があるらしい。

「僕にとってはTシャツだってメディアだよ!

 Tシャツを通じて有村さんの魅力を広めたいのさ!!」

スズキ君はパブリシティ権侵害にはならないと考えているようだ。

 

ゲームならNG?Tシャツなら?

スズキ君のしていることは、大丈夫なんだろうか?

 

ブログ → 本 → ゲーム → Tシャツ

 

表現している内容自体はどれも同じだ。

でも、右に行くに従って、❝マズイ感じ❞がしてくる。

 

ブログは、ほとんどの場合は個人メディアなので、

自由に何でも書いていい気がする。

本は、伝統的に自由な言論をすべき媒体だったので、

それを規制してはいけない気がする。

ゲームだと、「メディア」というよりは「商品」に近い気がする。

Tシャツになってしまうと、完全に「タレントグッズ」だ。 

これは「アウト」だろう。

 

「専ら基準」と「3類型」。

基準は明確になったものの、

実際には簡単に判断できないものもある。 

パブリシティ権については

まだまだ分かっていないことが多いのだ。

 

暴走の顛末

ムッシュ・スズキの勢いは、長く続かなかった。

有村さんの許可なくビジネスしているという噂が流れ、

ファンから嫌われてしまったのだ。

ネット上では、スズキ君への非難や悪口が吹き荒れた。

誰も彼の商品を買わなくなった。

ブログの更新も止まってしまった。

 

それから1年後。

ヤマダ君にメッセージが届いた。

 

「ヤマダ君へ

 ご無沙汰しています。スズキです。

 このあいだは、ひどいことを言ってごめんなさい。

 せっかくアドバイスしようとしてくれてたのに。

 僕は本当に有村さんに喜んでほしくて、あの本を作ったんだ。

 でも、事務所から抗議が来てしまった。

 それ以来、僕が有村さんを傷つけてしまったんじゃないかって、

 そんな気持ちになって苦しかったんだ。

 だから、自分でも歯止めがきかなくなって

 次々とグッズを作っちゃったんだ。

 今は本当に反省している。

 昨日、有村さんの事務所にも謝ってきたよ。

 ねえ、ヤマダ君。

 君さえよかっら、また「例会」をしようよ。

 ヤマダ君の『ナラタージュ』談義を聞きたいんだ。

 どうかな?   スズキ」

 

ヤマダ君はさっそく返事をうった。

 

「じゃ、土曜日はどう?

 『コーヒーが冷めないうちに』についても語ろうよ!」

 

(つづく)

 

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次回は、肖像権についての様々な論点について考えていこう。

 

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